第232話 ぜひ根を詰めて
「「ごず……?」」
はてなを浮かべてハモる佳果とシムルに、ゾグは苦笑した。
《クハハ、まあ若いのが知らんのも無理はない。ひとまず吾のことは適当に、ゾグと呼び捨てるがええぞ。……さておき坊主。さっき、あの粒子精霊が戻ってくる保証はないと言っていたな。あれはどうしてだ?》
「! ……そりゃ……だってあいつ……消えちまったんだぜ? 俺たちを"正しい時"に送り出すために、ありったけのエネルギー振り絞ってよ……」
(……兄ちゃん)
伏し目がちに悲しみを吐露する兄の背中を、シムルは無言で見つめた。
「――けど、今日知り合いと話しててひとつ気づいたことがあった。魂ってのは不滅なんだろ? ならウーも……実際には消えたわけじゃねぇのかもって、そう思ったんだ」
《……なるほどのう。それで明虎に接触を》
「ああ。零気が使えるあんたなら、何か詳しい情報を知っているはずだからな。……本当はこの後にでも、改めて連絡するつもりだったんだけどよ」
そう言って湯船から上がり、明虎に近づいて正座する佳果。
彼は真剣な顔で嘆願し、頭を下げようとした。
「頼むよ明虎。俺は……俺たちは、もう一度ウーに会いたい。このとおりだ。どうかあいつに関する情報を――」
「断る」
「!」
「ちょ、ちょっと明虎さん! それはいくらなんでも……!」
兄の誠意を一蹴した明虎に対し、シムルが思わず非難を浴びせる。しかし彼は顔色ひとつ変えずに答えた。
「まったく……兄弟揃って勘違いも甚だしい。よいですか。今回、頼み事をしているのはあくまで私なのですよ。あなたがたに依頼される筋合いなどない」
「!?」
「最初に言ったでしょう、零気を取り戻していただきたいと。それには当然、あの精霊の存在が不可欠となる。少し考えればわかることだと思いますがねぇ」
「そ、それって……?」
《クク、つまりな。元よりこの男は、坊主たちに協力するつもりでここへ来たわけよ。……ただ、諸事情で当の本人があまり口をきけないようだからの。以降の話は吾が代弁してやるとしよう》
ゾグがおもむろに宙へ浮かび上がる。同時に彼の身体は黒とオレンジが基調の条帛と裳――よく仏像が着ているような衣装を身に纏い、背中には小柄な体格に不釣り合いなほど大きな剣と杖が出現した。
彼は不敵に笑うと、かいた胡座に頬杖をついて言う。
《……さて、結論から述べるぞ。お主が睨んでいるとおり、粒子精霊は特段消えたわけではない》
「マ、マジか!? なら、いったいどこへ!」
《彼は"正しい時"に化けた。すなわち、この星魂における時空の一部になったんだわな》
「時空の一部……?」
《ああ。そしてわかっているとは思うがの。もし無理に連れ戻そうとすれば、お主らがやっとの思いで辿り着いたこの時空は――バランスを失い、いとも簡単に崩壊してしまうだろう》
「そ、そんな……でもゾグ、ウーはおれ達の大切な家族なんだっ……どうにかして、どうにかして助けることはできないのかな……!?」
瞳を潤ませ、切に訴えかけるシムル。
その様子にゾグは目を細め、深い眼差しを以って答えた。
《もちろん方法はある》
「!」
《ただし。それを行うには、あの粒子精霊とつよい絆で結ばれている坊主自身が、能動的に"とある真実"を追い求めてゆかねばならない》
「……とある真実……俺が、自分の意志で……」
《うむ。といっても、何のことはないぞ? お主は今までもずっと、そうやって道を切り拓いてきたはずだからの。さしていつもと変わらんから安心せい》
「あ、ああ……?」
「……ではそろそろ、我々は失礼するとしましょう。阿岸佳果くん。キーワードはずばり転生です。あとは自力でがんばってください。そうそう、期限は明日いっぱいなので、ぜひ根を詰めて、無茶をしでかしながら奔走するように」
「へっ……はぁ!? おい、なんだよそりゃ――」
最後に爆弾を投下した明虎は、ゾグとともに湯けむりの中へと消えていった。残された兄弟は互いに目を見合わせると、脱力してドボンと湯船に沈み込む。
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