第231話 牛頭天王
「…………」
絶句する兄弟をよそに、明虎は端で湯船に浸かりながら言った。
「単刀直入にお伝えしましょう。YOSHIKA――いや、阿岸佳果くん。あなたには可及的速やかに、零気を取り戻していただきたい」
「!」
零気という単語を聞いて硬直する佳果。
その様子に、シムルはなんとなく思い当たる節があった。
「そういえば兄ちゃん、昼間に明虎さんとコンタクトを取りたいって言ってたけどさ……もしかして、ウーに関係あることなの?」
図星をつかれ、佳果は頭に乗せていたタオルで顔を覆った。
「……だぁ、こっちは色々と気ぃ遣ってたのによ。あんたのせいで台無しじゃねーか」
「気を遣う? 一体なんのです」
「ウーが戻ってくる保証なんてどこにもないだろ? ……期待させるだけさせといて、もしダメだったら申し訳が立たねぇ。だから裏でこっそりあんたと接触して、まずは可能性だけでも探ろうと思ってたんだが。お陰で計画が狂っちまったぜ」
(兄ちゃん……そうだったのか)
「ふむ」
明虎は佳果のやるせなさそうな態度を一瞥すると、ゆっくりと目を閉じた。そうして浴槽のふちに頭と両腕を乗せ、天井のほうへ向かってつぶやく。
「だそうだ。ゾグ、私は自由意志の観点から助言するのが難しい。君から話してやってくれないか」
《わ、吾がかぇ? でもこれは人智を超えた領域の話――別にお主が導いたところで、侵害には当たらんと思うがの》
「私はこれ以上、カルマのリスクを負うわけにはいかないのだ。頼む」
《……尤もらしいことを言いおってからに。本当は面倒なだけじゃなかろうな》
「おい、なに一人でぶつくさ言ってやがる」
突如として独り言を始めた明虎に食ってかかる佳果。
しかしシムルは、彼の腕を引っ張ってそれを制止した。
「待って兄ちゃん。この感じ……昨日の戦いでも同じ場面があった気がする。あの時はそう――明虎さんが何かを独りごちた直後に、"絶対拘束"が発動したんだ」
「!? ……言われて思い出したが、そういやあんた……どさくさに紛れて、確かにあのクイスの野郎の固有スキルを使ってたよな。まさかとは思うが、他人のスキル盗んだりできるのか?」
にわかに不信感を募らせ、警戒モードへ移行する兄弟。
彼は小さくため息をつくと、湯を掻いて肩を濡らした。
「ほら。君がまごつくから、あらぬ容疑を掛けられてしまったではないか。はやく説明したまえ」
《いやいや、どう考えてもお主の日頃のおこないが…………は~、まあよいわ》
ボフンという音とともに、見知らぬ子ども――否、そう見えるだけで年齢不詳と取れる謎の人物が現れる。ノーストやホウゲンよりは小ぶりだが、またしても頭部に二本角が生えている鬼のような容姿。緋色の髪はミディアムパーマで、左側のモミアゲから赤絹の房が肩にかかるくらい垂れている。端正な童顔は極めて中性的、かつその表情は酸いも甘いも噛み分けているかのごとく、哀愁を帯びていた。
《よお、坊主たち。吾は、故あってこの胡散くさ~い男に協力しておるゾグと申すものだ。立場を言葉であらわすなら……精霊、仏、神。そのすべての要素を併せ持つ、牛頭天王という存在に当たるのう。以後、よろしく頼むぞ!》
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