第229話 愛をやわらかく
その頃、ラムスの工房にて。
魔除けの量産をおこなうアーリアと零子の横で、"加工"の熟練度上げをする佳果、楓也、ヴェリスの姿があった。彼らは作業しながら、昨日の会議内容を振り返っている。
「"本当のエピストロフ"か……結局のところ、エリアⅩへの移動が必須なのは変わらねぇってチャロは言ってたよな」
「うん。そのために、ぼくたちはまずSSⅨを目指すことになるわけだ」
「SSⅨ……身近な人で挙げるなら、お姉さまとガウラさん、フルーカさんに夕鈴さんがいらっしゃいますね」
三人の会話を聞いて、ヴェリスはそれぞれを思い浮かべてみた。みんなきらきらで、ほわほわで、あったかい感じがする人物ばかりだ。そのイメージは佳果にとっても同じだったらしく、彼は気の抜けた顔で微笑し、ふうと一息ついた。
「ま、今ならわかるぜ。そういう雰囲気ってーの? なーんか自然と魅せられちまうんだよなぁ」
「あはは、ぼくたちもそうなっていくって考えると、ちょっと不思議な気持ちになるよね」
「あたしがお姉さまと同じステージ……! ……あれ、途端に恐れ多い気がしてきました」
「も、もう、零子ちゃんったら……心配しなくても大丈夫ですわ。みなさんにできること、みなさんにしかできないこと――それを懸命に追いかけてゆけば、すぐに辿り着けるはずですから」
アーリアがにっこりと微笑む。SSⅧになるためには、愛のあたえかたが柔軟でなければならなかった。そしてⅨになるためには、あたえる愛そのものをやわらかくする必要があるそうだ。ヴェリスは、そのあとにチャロが続けた言葉を思い出す。
『愛をやわらかくするには、その人にとって最もふさわしい"自己表現"をとおして世界に奉仕するのが大切です。わたしの場合は色んなアイテムを組み合わせ、新しいものをつくって人々に提供していましたが……皆様には皆様のやり方が必ずあります。まずはそこを静かに見つめ直し、自覚するところから始めてみてください』
(わたしのやり方……わたしにしかできないこと……)
考え込むヴェリス。他の三人も年相応に悩んでいるようだ。
(俺は……たぶん、もう自分のなかで答えが出てる。それを証明するためにも……とにかく今は、ウーのやつを連れ戻さねーとな)
(ぼくの自己表現はもちろん演技だ。……久しぶりに劇場のほうへ顔を出しておこうかな)
(あたしが持っている"占術"というアイデンティティー。でもこれを活かすためには、きっと――)
真剣な眼差しの彼らに、アーリアは人知れず目を細める。
(……ふふっ。わたしたちも昔、よくこんな感じに唸っては議論を交わしていたわよね。どうやったら世界に笑顔が増やせるか…………ねぇ奈波。わたし、あれからファッションデザイナーになったよ)
目を閉じれば、鮮明によみがえる親友の笑顔。もうじき彼女の命日だ。そろそろ一度、墓参りに行っておきたい気がする。アーリアはゆっくりと視界を戻すと、儚げな表情をふっといつもの笑顔に変えて言った。
「さてさて、いったん休憩にしましょう! ナノさんがクッキーを焼いてくれていますから!」
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