第228話 そんな塩梅
連載を再開しました!
まだ本調子ではありませんが頑張っていきます。
「……」
"世界を救う"。およそこの場にそぐわない言葉に、拓幸は変顔で唖然とするしかなかった。例えやましい取引であろうとも、建設的な内容なら前向きに対応しようと考えていた。しかしこうも道化られてしまっては、早々の決裂もやむを得まい。
「はぁ……帰んな。与太話なら結構だ」
「ご安心ください。すぐにおわかりいただけますから」
「? おい、なんの真似だそりゃあ」
明虎がおもむろに眼鏡と手袋をはずし、こちらに左手のひらを向けてくる。警戒心から思わず立ち上がった拓幸は、懐の拳銃に手を伸ばした。こうして俄に一触即発の状況が生まれるが――その対峙は不意に、明虎のまわりが輝き始めたことで解除されるのだった。
「! その光……まさか……!」
「よくご存知でしょう? あなたの親父さんは、これを使う青年と精霊に救われたのだから」
突き出された手指の隙間から明虎の瞳が覗く。全てを見透かすような宇宙の色に、人間離れした風格、飄々とした言動が醸し出す独特のプレッシャー。
冷や汗をかく拓幸の口から、葉巻がぽとりと落ちる。それはテーブルに置いてあった酒入りのグラスへと吸い込まれていった。
(いったい何者だこいつ!? 親父の件は関わったやつ以外、誰も知らないはず……つうか、この局面でおれに零気を見せてきたってことは)
拓幸が思考を高速回転させていると、明虎は零気をやめて眼鏡をかけ直し、手袋をはめながら淡々と言った。
「……ふむ。組長殿、あなた肺も肝臓もよくありませんねぇ」
「な、なに?」
「零気を通してちょっと視させていただきました。どうやら酒もタバコもたいそうお好きみたいですが、もうよいお歳なんですから……ここいらでスパっとやめたほうが身のためなのでは?」
「……ほっとけ! おれとこいつらの関係は、健康様ごときに断ち切られるほど安くはねんだよ! ……ちなみに値段もな……あ~もったいない」
ダメになった葉巻酒を持ち上げて、悔しそうな表情をする拓幸。
そんな彼の言葉に、明虎が反応を示す。
「ほほう。健康より大事なもの……それはなんですか?」
「……若造に言ってわかるものかよ。出直してこい」
「フフ、残念です。まあでも……酒に関して、こういう席の味わいが格別なのは私もよく知るところ。死ぬまで飲まれるおつもりなら、是非こちらも試してみませんか」
明虎はアタッシュケースから平べったい容器に入った酒を取り出すと、空のグラスにそそいで一気に飲み干した。そうしてまた別のグラスにそそいだものを、拓幸にも差し出す。
「ご覧のとおり毒は混入していません。味につきましては……後から"美味かった"と思える。――きっとそんな塩梅かと」
「! けっ、わかったような口をききやがって。だが、どうやらあんた……親父やあんちゃんをダシに、おれを脅迫しようって腹ではないみたいだな。零気を使ってみせたのは、やっぱさっきの"世界を救う"ってのに関わってくるのか?」
「さすが、伊達にこの町の治安を守ってきてはいないようですね。ではそろそろ本題に入りましょう」
「……」
真剣な顔になって椅子に座り直す拓幸を見届けると、彼は語りだした。
「この世には"黒"がある。負の感情、とりわけ死後の悪しき霊が形成する黒いモヤ。そしてそれが更に複雑かつ高度になった黒い霧。これらのマイナスエネルギーは我々、人間に多大な悪影響をもたらし得る。……組長殿ならばわかりますよね?」
「……ま、当事者だしな。そういうのを完全に信じるようになったのはあいつらと出会ってからだが……思えば組の歴史上、黒に関して見聞きしたっつう逸話はわりと多く残ってるもんだ。霧を見た瞬間、気づけば味方を撃ち殺してた、とかよ」
「そう、問題はまさにそこにあります。黒はときに、人の意志を捻じ曲げるほどの干渉力を発揮する。これを放置してしまった場合、あらぬ不幸が無為に量産され続け、それらはまた別の不幸を呼び込み、次第に負のスパイラルが形成されてゆく」
「……」
「――もっとも、最大最悪の元凶は先ごろに手を引いたので、これでもだいぶマシにはなったのですが」
「?」
「それでも未だ、軽度の悪影響は後を絶たないのが世界の現状。わかりやすいところで言えば、病気として当人の判断および責任能力をじわじわと低下させ、最終的に自他を害するよう誘導する黒の存在が挙げられます」
「! そいつは……」
「はい。つまり今後あなたにやっていただきたいのは、こうした"侵蝕"を受けている可能性の高い人物、"原因不明"と診断された症状をもつ人間の個人情報を、定期的に調査して私へ提供することです。もちろん、処置が必要な方にはこちらから出向いて零気で対応させていただきますよ」
「なるほど……だから"世界を救う"、と……」
「いかがです? 私からは依頼料を毎回お渡ししますが」
「……少し、考えさせてくれないか」
「承知しました。では後日、また伺いますので」
そう言って明虎は手早く帰り支度を済ませると、特に振り返ることもなく立ち去って行った。その後ろ姿を見送りながら、拓幸は貰った酒をくいっと呷る。辛口のなかに繊細な苦味と甘味が同居している、風味豊かで不思議なあじわい。
(こりゃあ確かに……来るかもしれないな。"美味かった"って……そんな風に、この酒を楽しめる日がよ)
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