第227話 胡乱な提案
「明虎さんだよ、零気を使ってたのは」
アスター城にやってきた佳果。
彼の質問にそう答えたシムルは、勘ぐるように続けた。
「けど、それがどうかしたの? 兄ちゃん」
「ん? ああ……ちょっと確かめたいことがあってよ」
咄嗟に言い淀んでしまったのは、ウーとの再会が果たして現実的な話なのかどうか、まだ確証を持てないからだ。ぬか喜びさせるのは忍びないため、光明が見えるまでの間は仔細を伏せておくことにする。
「とりあえず、俄然あいつと話す必要が出てきた。忙しいところすまんが、連絡取ってみてくんねーか?」
「……わかった。いま念話を飛ばしてみる」
兄が何か大切な案件を抱えていると看破した彼は、特に詮索せずに"月の視点"と共鳴し、テラリウムの瞳となった。ところがアスターソウル内を隈なく探すも、明虎の魂はどこにも見当たらない。
「あれ、今は居ないっぽいや。まーた別の次元でもフラフラしてるのかなあ」
「タイミング悪ぃな……まあ居ないもんは仕方ねぇ。そんじゃ明虎が戻ってくるまで、俺も仕事を手伝わせてもらうぜ。計画の進捗はどんな感じだ?」
佳果の言う計画とは無論、魔除け普及計画のことである。
実は昨晩、すでに"加工"の熟練度が最大値に達しているアーリアと零子の尽力によって、ある程度の量産体制が整ったため、ヴェリスが"世界の光"を通じて人々の潜在意識――つまり夢に働きかけ、具体的な頒布情報の伝達をおこなったのだ。そして現在、シムルは瞬間移動を使ってラムスからこの王城へと現物を運び入れ、フルーカの国璽付与が完了次第、各町に設置された出張所へ供給している最中だった。
「んーと、今あっちの部屋でチャロ姉ちゃんが頒布状況の確認と演算をやってくれてるんだけど、けっこう順調みたいだよ。……そうだなあ、兄ちゃんが手伝うなら、やっぱりラムスに戻って、アーリア姉ちゃんたちに加勢するのがいいと思うぜ」
「了解だ」
◇
「お初にお目にかかります、組長殿」
いっぽう東使組の事務所内。刻限になると同時に、黒のチェスターコートとシルクハットを身につけた背の高い男が、アタッシュケースを持って拓幸の前に現れた。不審を絵に描いたような交渉相手の登場に、彼は警戒心を強める。
「……おう、まあ座ってくれや」
男は「では失礼」と言ってハットを取り、来客用のイスに着座した。シルバーアッシュの長髪、眼鏡をかけた素顔が顕となる。彼は向かい側に拓幸が腰かけた瞬間、張り付いたような笑顔で言った。
「それで……受けていただけるのでしょうか?」
「やれやれ、直球だなあんた……これじゃ駆け引きもクソもないぜ。せっかくマズい飯まで食って準備してきたっつうのによ」
「フフ。あなたこそ、噂に違わぬ実直さであらせられるようで」
「くだらん世辞はよせ。さておき、さっそく聞かせてもらうぞ? ……なんでこんな依頼をよこした? 病院から個人情報なんざ盗ませて、どうするつもりだ」
拓幸が凄むと、その男――波來明虎は再び笑った。
「組長殿。ちょっと一緒に、世界でも救ってみませんか?」
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