第226話 どこかに
翌日。東京へ戻った佳果は、その足でめぐるの働いている食事処『カナヘビ』へ行き、テーブル席に座っていた。向かいにはドレッドヘアの眼帯男――東使拓幸が、カラカラとグラスの氷を鳴らしながら目を伏せている。彼は以前、狂気に染まった親父さんを救ってほしいという相談を持ちかけてきた"東使組"の組長だ。
「――つーわけでよ。これまで俺にエネルギーを送ってくれてたそいつが、いなくなっちまったんだ……」
「なるほどな」
二人の話題は、これまで定期的に続けてきた親父さんの"浄化"についてだった。零気を前提とする彼の施術は、ウーなき今、継続するのが実質的に不可能となってしまっている。佳果がその旨を説明し「すまねぇ」と頭を下げると、拓幸は酒をあおってからクシャリと笑った。
「なに言ってんだよ阿岸。精霊様と離別しちまって、一番つらいのはお前のはずだろうが。もっと自分のことを気遣ってやれ」
「おっさん……」
「……あれ以来、親父の狂気が再発したことはない。お前にはすでに十分すぎるほど世話になってきてるからな。これ以上、駄々こねて迷惑かけるつもりなんてないさ」
そう言って、めぐるが運んできた珍妙な料理にありつく拓幸。今回は生臭い甲殻類のハサミらしきものに、紫色の謎ソースがかかっている。見た目に違わず味も最悪だったようで、彼は口に入れた瞬間すごい形相でえずき始めた。
「ぐほぉっ!」
「お、おい大丈夫か?」
「……かなりエグいぜこりゃ……が、今日はこのあと頭を使う予定があるもんでな。しっかり食べておかないと」
「? めぐる、ちなみにこれはどういう効果の料理なんだ」
「えっと、一時的に思考能力が上がるんだって。店主のオススメみたい」
「……相変わらずスレスレの商売やってんなぁお前んとこは」
あきれ顔で持参の炭酸水を飲む佳果。すると、さっそく冴えがやってきたらしい拓幸が、酒で口直ししながら佳果に質問をおこなう。
「ときに阿岸。この数ヶ月、お前や坊主から度々その手の話を聞いてきたわけだけどよ……念とか魂っつうのは、たとえ死んだとしても"残る"ものなんだろ?」
「ん? なんだよ急に」
「いやなに、もしかしたら、諦めるにゃまだ早いんじゃないかと思ってな。……そもそも精霊様は、本当にいなくなっちまったのか?」
「え……」
「考えてもみろ。相手は零気なんて面妖な術をどこぞの世界から支援してくれる上に、おれら人間と違って肉体も持ってない存在ときたもんだ。そんな簡単に、くたばるはずないとは思わんか」
「!」
今まで考えもしなかった指摘を受け、思わずめぐると目を合わせる佳果。確かに、二度とウーに会えないというのは自分たちが勝手にそう判断していただけかもしれない。何かを見落としている可能性は大いにあるだろう。
「……そういえば最近、誰かが零気を使ってたってシムルから聞いたような」
「マジか!? ……うし、なら善は急げだ。おっさん、悪いが浄化の件はいったん保留にしといてくれ。諸々わかったらまた連絡する」
「クク、了解」
「んじゃめぐる、俺、今からシムルに話を聞いてくるわ!」
「わかった。気をつけてね」
佳果は瞳に希望を灯して、店を飛び出していった。
そしてその背中を満足そうな表情で見送ると、拓幸も席を立つ。
「……うまく再会できるといいな。さて、おれもそろそろ行くとしよう。坊主、お勘定をたのむ」
「あ、ありがとうございました、組長さん。またのご来店をお待ちしています」
「おう、ごっそさん!」
◇
事務所に戻った拓幸は、葉巻で一服しながら思考を巡らせている。
(しかしうちの組、坊主たちと関わってから妙な話が舞い込んでくる機会が増えたよな。……『病院の患者、それも"原因不明"と診断された症状をもつ人間の個人情報を入手しろ』か。今日の交渉相手も、なかなかどうして得体が知れない野郎だぜ)
彼の見つめている資料。
その氏名欄には波來という文字があった。
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