第225話 祝福
《……》
繰り広げられる惨事に魂を荒ぶらせ、ホウゲンは深くため息をついた。五次元以上の理、すなわち神々の大則において、人間への直接的な干渉はご法度とされている。できるのは、自由意志を以って世界に愛を齎さんと行動する人間の背中を、そこはかとなく押してやることだけだ。しかるに、これを最上位たる七次元に鎮座する暗黒神が率先して破るなど言語道断――あってはならないのである。
《……この事故は、夕鈴に被せたカルマを悪用して引き起こされた"不正"だ。運転手の発作も、子どもを庇って夕鈴が死ぬことも……助かった子どもが生涯、癒えることのないトラウマを背負うことも、それぞれの大切な者たちが深い絶望に染まりゆくことも……! だがそう安々と思い通りにはさせぬぞ!》
ホウゲンは事故の直前、気絶した運転手の疾患を神気で治療した上で、車の電気系統に介入し、ドアロックを解除して半開きにした。そして事故の衝撃で外へ吹き飛んだ際、衝撃が和らぐよう、念動力で近くの藪のなかへと誘導する。これにより運転手は死の運命を免れた。
子どものほうは"自分の代わりに人が死んだ"と認識する前に意識を遮断し、次に目覚めた際、事故の記憶が失われているよう脳の状態を細工しておく。
夕鈴に関してはせめて苦痛を与えぬため、即死となるよう打ちどころを調整した。カルマという手綱を握られている手前、彼女の死や事故そのものを無くすことはできなかったが――自らもまた神の戒律を破ることで、ホウゲンはこの"歪な結末"に全霊で抗うのだった。代償として神格を失った彼は、夕鈴とともに幽界へ堕ちてゆく。
《ふん、神格などなくとも……夕鈴の一人くらい守ってみせよう。このまま虎穴に身を潜め、反撃の機を窺うまでだ……!》
◇
「こうして地獄へと至った夕鈴と禍津神はその後、魔境にてトレチェイスさんを救出し、しばしのあいだ魂だけの状態となっていました。彼らはそこで初めて意思疎通を図り、これまでの因果の違和感、暗黒神の存在などについて情報を共有したようですね」
「なるほど……そしてわざと記憶を封印した状態で愛珠を集め、結界に辿り着いた直後にぼくを助けてくれたと」
「ええ。本来彼女たちはアスターソウルへ転生した後に記憶を解き放って、何も気づかず間違った未来へ進もうとしていたわたしの愚行を止めるつもりだったのでしょう。もし旧時間軸のまま阿岸佳果がエピストロフに辿り着いていたら……きっとまた、似たような悲劇が繰り返されていたに違いありませんから」
(……押垂さん。君はずっと、そうやって誰かを守り続けてきたんだね……)
チャロの話を聞き、楓也はただただ物思いに耽ることしかできなかった。他の面々も、神妙な顔で沈黙している。
「……ですが。それすら見通し、夕鈴たちを魔獣と融合させた悪辣な暗黒神を、陽だまりの風はこれまで紡いできた多くの絆――龍神に奇跡とまで言わしめた"必然"を掲げることで、ついには退けてしまいました。つまり……」
「夕鈴は晴れて、何もしない時間を得られたっつーわけか。なら今は……確かにそんだけで、十分なのかもしれねぇな」
ここに来て、ようやくあの死闘を潜り抜けた実感がふつふつと湧いてくる。佳果は気恥ずかしそうに頭をかくと、開戦前にも見せたあの柔らかな笑顔で言った。
「みんな……ここまで一緒に戦ってくれてありがとな。ほんと、感謝してもしきれねぇわ」
(!)
そんな彼に感化されたチャロが、ここぞとばかりに便乗を試みる。
「そ、それを言うならわたしも……! まだちゃんとお礼を言っておりませんでしたが……皆様、阿岸佳果も。あの時はわたしを叱ってくださって、本当にありがとうございました。おかげでもう一度、夕鈴と生きる道を探すことができます!」
照れながらそう表明する彼女の姿は、もはや陽だまりの風にとって雲の上の存在でなく――叡智をもった尊敬できる仲間であり、家族そのものであった。皆は一様にあたたかい眼差しをチャロに向け、彼女の変化を心から祝福する。
そして俄に朗らかな雰囲気が漂うなか、ヴェリスが珍しい行動をとった。
「えい」
「きゃっ……ヴェ、ヴェリスさん……?」
「えへへっ。こういう時はこうするって、前にアーリアから教えてもらったから」
「な、なるほど……(あれ? 夕鈴と同じかおり……)」
(こんなの全然うらやましくない、うらやましくないぞ……)
「あっ、ずるいですヴェリスちゃん! わたしもそっちに行ったらやらせてくださいね!」
「おお~、レアな画いただきました! これはカメラに収めなければ!(カシャカシャ)」
「……零子さん、それ写るのか?」
(あっはは、まさかこんな日が来るなんて)
――こうして情報整理を終えた彼らは、次なる目的を果たすべく。
そのまま作戦会議に移行するのだった。
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