第220話 夢のかけら
「戻って……きたのか?」
青空の下で、燦々と降りそそぐ太陽の光に目を細める一同。魔獣の脅威は去り――目と鼻の先に、夕鈴とトレチェイスがいる。
「ん……」
先に目覚めたのは夕鈴だった。その寝ぼけ眼を見て、真っ先に駆け出したのはチャロである。膝をつき、手を取って彼女を立ち上がらせると、同じ顔が二人ならぶ。
「ゆ、ゆう……り……」
「……おはようチャロ。明虎さんに、フルーカさんも……ご心配をおかけしました」
涙を流すチャロを抱きしめながら、謝罪する夕鈴。しかし明虎は何も言わずフードを目深にかぶると、念話で『その言葉はまだ受け取ってやらない。来たる日にとっておきたまえ』とだけ答え、立ち去ってしまった。
そんな彼の背中を横目に、フルーカは哀愁を帯びた表情で陽だまりの風のほうへ手のひらを向けて、夕鈴の視線を誘導した。そこには、神妙な顔をして佇む佳果と楓也の姿がある。彼女はチャロからそっと離れると、数歩進んで彼らの前に立った。
「佳果」
「……ああ」
「青波くん」
「……うん」
「会いに来てくれて、本当にありがとう。でも……」
俯く彼女は、声も仕草も魂も。生前と何ら変わらない、紛うことなき押垂夕鈴その人だった。ただひとつ――太陽の光に照らされたその身体に影がなく、半透明であることを除いては。それが意味するところを、他の仲間たちもまた直感している。
「わたし、もうあまり時間がないみたい」
申し訳なさそうに苦笑した夕鈴の姿が、光の粒子とともに空へ向かってゆっくりと分解されてゆく。ヴェリスは何故か、その行き先がはっきりとわかった。タタタと駆け寄り、彼女の瞳をまっすぐ見る。
「夕鈴……還っちゃうの? ……霊界に」
「あなたは…………ふふ、そっか。神々はあなたを選んだのね」
「?」
「もう、この世界にあなたの想いを否定する斥力はありません。だから自分を信じて。みんなを――佳果を信じて」
「……ん。わかった」
抽象的な物言いだが、ヴェリスはそこに込められた意図を汲み取り、力強く頷いた。そんな彼女の横へ、おもむろに歩み寄るシムル。彼を見て夕鈴は少し驚いたあと、やわらかく微笑した。
「大きくなったねぇ。その子とお兄ちゃんのこと……どうかこれからも、よろしくお願いね?」
「任せてよ、夕鈴姉ちゃん」
「えへへ、頼もしいな。……えっと、青波くん」
「なに、押垂さん?」
「佳果を支えてくれてありがとう。あなたが居てくれたから、わたしは救われたよ。こうして笑えるようにもなった。……あなたに出会えて、本当によかった」
「! ……はは。それはぼくも同じだよ。君たちのためならぼくは……どこまでもつよく在ることができる。だから心配しないで。もう少しだけ待ってて!」
何も飾らず、包み隠さず、彼はただ楓也として爽やかに笑った。ぱあっと表情を明るくした夕鈴は、最後に彼と向き合う。
「佳果、わたし……」
「おっと、その先は"今度"聞かせてもらうとするぜ。……なあ夕鈴、見てくれよ」
「……?」
「俺にも、こんなにたくさんの家族ができたんだ。おかげで今、毎日がすっげー楽しくてさ。いつも早く紹介してやりたいなーって、そんなことばかり考えてた」
「……」
「けど、それはどうやら"今"じゃないらしい。……俺、かならず迎えに行くから。そんときゃ、俺の一番の家族は――一番大切な人は、お前なんだって。みんなに紹介、させてくれよな」
「!」
自分の知らない、大人びた顔つきをする佳果。彼の瞳に惹き込まれ、夕鈴は紅潮して少し目をそらす。その様子にアーリアと零子は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。口元を緩めたノーストは「ふっ」と腕組をし、ガウラは歯を見せてニコニコしている。
「じゃあ……そろそろ行くね、チャロ」
「っ……うん……」
「ふふっ。次こそは、きっと一緒に生きられるよ。わたし……待ってるから!」
「……もちろん! みんなと力を合わせて、絶対に見つけてみせる! "本当のエピストロフ"を!」
チャロの言葉を聞き、夕鈴は満面の笑みで手を振った。
かくして、陽だまりの風はリスタートする。
再び彼女と笑い合える、夢の世界へ辿り着くために。
次回から新章です。
たくさん残っている謎や疑問点は、後ほどのエピソードにて。
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