第219話 四柱の神
するすると黒い霧が抜け出て、塵芥と化すアパダムーラの核。いっぽう白竜も粒子となって蒸発し、内部からはやはり黒い霧が噴出した。双方の霧は混ざり合いながら上昇すると、闇のエネルギー体へと姿を変える。そのすぐ傍には、気を失った夕鈴とトレチェイスの身体が浮かんでいた。
「あれは……!!」
「ようやくお出ましだねぇ」
驚くチャロの横で、いつの間にか戻ってきた明虎がエネルギー体――黒幕の上位魔神を睨みつける。彼の言葉を聞き、他の面々にも緊張が走った。
「あいつが元凶の……!」
「どうしよう阿岸君……押垂さんたちは、まだ敵の手中みたいだよ!」
ぐったりしている二人が闇に飲み込まれ、徐々に見えなくなってゆく。彼女らの身体が再構築されたということは、本作戦は成功だ。しかしこのまま奪還できずに終わってしまえば、すべてが水泡に帰す。
「くそっ、この期に及んでまだ姉ちゃんたちを苦しめる気なのか……!?」
「……お願い、二人を返して!」
ヴェリスの嘆願に、上位魔神が反応する様子は見られない。痺れを切らした佳果は、険しい表情をしてその場を飛び出そうとする。
《待て佳果》
それを止めたのは、鬼のような姿をした美丈夫だった。ノーストと同じく角を生やし、金色の混じった銀髪が逆立っている。身体は黒い衣とマントに覆われ、佳果は見慣れぬ人物であるはずなのに、なぜか初対面である気がしなかった。
「あんたは……」
《案ずるな、これで終いにする》
彼は一歩前に踏み出し、神気を使って周囲の次元を一時的に押し上げた。瞬間、佳果たちは宇宙空間に投げ出され、まるで星空にとけて同化しているような感覚に包まれる。
《……これでお前たちも顕現できよう。さあ、けりをつけるぞ》
その言葉と同時に、明虎が謎のちからで時空へ裂け目をつくると、中からムンディと黒龍が現れた。さらに佳果の手元からは太陽の雫が浮かび上がり、人のかたちへと変化してゆく。やがて現れた天の羽衣を纏った清らかなる存在は、見ただけで太陽神であると確信できるほど、無二の美しさと神々しさを伴っていた。
場には莫大なエネルギーが充満し、佳果たち一行はあまりの気迫に圧倒されて、喋ることも、身動きすることもできなくなってしまった。それをよそに、ムンディがいつもの調子で頭蓋骨をかく。
《いやー、どっかで関わっているとは思っていたけどな。ホウゲン、まさか禍津神になったあんたが、堕天して夕鈴ガールの守護をやっていたとは》
《お陰で座標がずれて、危うく捕捉が叶わなくなるところであった。明虎の機転で事なきを得たが、なぜ予め連絡してくれなかったのだ?》
《……久しいな、ムンディにクルシェ。実は魔獣と融合させられた際、夕鈴の魂を守るのと引き換えに、奴のエネルギーが侵蝕してきてな。先刻まで意識を改ざんされていたのだ》
《! あんたですら抗えなかったのか……さすが、七次元は格が違うらしいな。しかし俺様も上司と対面するのはこれが初めてだが、ここまでエネルギーの絶対量が違うと、もう笑うしかないって感じだぜ。なあスーリャ》
《……暗黒神殿》
ムンディの問いかけを華麗に無視し、太陽神は時間軸移行が発生したあの時と同じ声色で、闇のエネルギー体――暗黒神に呼びかける。
《この場に在る、すべての御魂。彼の明暗が我々の……星魂の答え。もう十分ではなかろうか》
彼女の言葉を聞いて、暗黒神は無言のまましばらく揺らめいていた。だが次の瞬間、おもむろに夕鈴とトレチェイスをこちら側へ移動させると、なんと闇から解放してみせた。そうしてすべての次元からあまねく黒を回収したその存在は、《安寧を》と一言だけ発し、音もなく消えてゆくのだった。
残された四柱の神は、互いに顔を見合わせる。
《……あれ? もしかして今ので終わりか? 俺様とクルシェ、玉砕覚悟で色々と考えてあったのに……》
《ふふ、どうやら……こちら側の在りかたが認められたようだ。彼らの尽力が、奇跡を――必然を勝ち取った》
そう言って陽だまりの風を見つめ、微笑むクルシェ。
続けてホウゲンが口を開く。
《……まだ腑に落ちぬことも多いだろう。だが、向こうへ戻れば自ずと視えてくるはず。……これからお前たちは、最後までアスターソウルを導け。幸せは、その先にこそ存在する》
《また相まみえる日がいつになるかはわからないが、私たちはいつも見守っている》
《其らの健闘を祈る。此度は――天晴れであった》
太陽神が、まさに太陽のごとき笑顔を見せた瞬間。
次元は元に戻り、佳果たちはアスターソウルの世界へと帰還した。
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