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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者:
第十二章 愛の因果律 ~掴みかけた夢~
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第218話 お役御免

(助けなきゃ……!)


 深手ふかでを負ったトレチェイスの容態ようだいを確認する夕鈴ゆうり。しかし既に意識はなく、呼吸もしていない。この危篤きとく状態では、回復の見込みも薄いだろう。


(そんな…………ううん、諦めちゃだめ)


 ぶんぶんと首を横に振る。彼は命の恩人おんじんだ。目覚めたばかりで、右も左もわからぬまま森を彷徨さまよっていた彼女にとって、異形いぎょうと成り果てた自分を無償で守ってくれた彼は、それだけで全幅ぜんぷくの信頼に足る愛すべき御魂みたまだった。絶対に救わなければ。


「《サマーディ》! ……発動しない……。なら治癒魔法を……!」


 アスターソウルの要領ようりょうで、様々な方法をもちいて救助をこころみる夕鈴。しかしいずれも、はやる気持ちとは裏腹に失敗してしまう。やはりこの身体では無理なのか――彼女が悲嘆ひたんに暮れた、その時である。


『助けたいのか? そいつを』


「!? …………だ、誰ですか?」


 頭に謎の声が響きわたる。慌てて周囲を警戒するも、それらしき人物は見当たらない。どこか聞き覚えのある声色こわいろな気もするが、いったい。


『おれのことを聞いているひまなど無かろう。早く処置せねば死んでしまうぞ』


「! ……ですが、どうやら今のわたしには……人間だった頃の力がないようで。どうすれば……」


『ならば祈れ。先刻せんこくこの者がやっていた、"生命エネルギーの放出"をイメージしながらな』


「お祈り、ですか……? わ、わかりました」 


 他に当てもない彼女は、言われるがまま両手を組んで目を閉じた。

 しかし謎の声はさらに続ける。


『……先に言っておくが、そいつを救えば、お前は代償だいしょうとして身体と記憶を失うことになるぞ』


「えっ」


『そして次にいつ、どこで目覚めるかわからない。もしかすると永遠に目覚められないかもしれない。それでも……お前はそいつを助けるというのか?』


「……そんなの。そんなの、決まっています」


 躊躇ためらわず、祈りを続行する夕鈴。

 それを肯定と受け取った声のぬしは、最後の警告をおこなった。


『大切な者とも会えなくなる。本当によいのだな?』


「……わたしはただ、わたしでありたいだけなのです。そうでなければ、どのみち独りにしてしまった佳果(かれ)チャロ(あのこ)に合わせる顔なんて……ありませんから」


 目をつぶったまま、彼女は優しく、そして悲しく微笑ほほえんだ。

 その魂には、嘘も迷いもられない。


(……思えばあの日、"お願い"をしてきた時もそうだったか。お前はいつだって、他者のためにおのれかえりみない。その自己犠牲が今をつくっているというのに、りないむすめよ……まあ、だからこそおれがいるのだが)


 声の主は、そっと彼女の魂にエネルギーをそそいだ。すると、祈りは白き光となって辺りを照らし、直後、生成された巨大な愛珠あいしゅがトレチェイスの魂に吸収される。


 彼はリザードマンから人間へと変貌へんぼうを遂げ、凄まじい自然治癒力を発揮して見る見るうちに回復していった。その様子を見て安堵あんどした夕鈴は、「よかった」と目を細めてぽつりとこぼす。


「生きて。あなたは愛されています。だから次は……"愛せたら"いいですね」


「……ぉ……ぉまえは……おまえたちは……」


 意識を取り戻しつつあるトレチェイスが薄目を開ける。そこには彼の記憶を垣間かいま見た本当の彼女(・・・・・)が、にっこりと笑って白き光とともに消えてゆく、とても幻想的な光景が広がっていた。あまりの美しさに呆然ぼうぜんとしていた彼はやがて、身体のダメージがすべてえていることに気づく。


「……!?」


 飛び起き、動転しながら辺りを確かめてみると、近くには先ほど相討あいうちとなった魔獣の死骸があるだけで、死守したはずの魔物はどこにもいない。


「何がどうなって……おーい、人間上がりの! どこだ、どこにいる!?」


 彼は茂みの中や魔獣の腹の下など、あちこちを捜し回る。

 だが、とうとう魔物を見つけることはできなかった。


「あれは……まぼろしだったのか……。いや……」


 ふと、先ほど夢のなかで聞いた言葉が思い出される。


『生きて。あなたは愛されています』


「! まさか」


 それが意味するところを直感し、おのれの身体を確認してみる。服をめくると鱗のない肌があった。魔獣のまぶたをこじ開け、その瞳を覗き込むと、人間の姿になった自分が映っている。トレチェイスに電流が駆け巡った。つまり彼女は――。


(……おれっちに、愛珠ごと生命エネルギーを……?)


 胸に手を当て、心臓の鼓動、魂の波動に集中する。そこには果たして、じわりとあたたかい何かが宿っていた。全てを悟った彼は、ひざから崩れ落ちる。


「ッ……うぅぁああ!」


 気がつけば、彼は号泣ごうきゅうしていた。なぜこんなにも涙が出てくるのか、自分でも不思議だ。ただ一つ言えることがあるとすれば、この結末は彼自身が望んだものでありながら、望んだものではなかった。そしてその矛盾はきっと、"愛せる"日を遠ざけるに違いない。ゆえに、返上へんじょうしなくてはならない。


「ぐすっ……どうか……どうかあいつの身体を戻してやってください! このとおりです、どうか!」


 生成した愛珠を天にかかげ、元のリザードマンの姿で何度も平伏へいふくするトレチェイス。しかし全放出でないそれに、再びあの白き光が現れることはなく。


「どう、して……」


 失意のなか、彼はトボトボと現場を後にすることしかできなかった。



「!」


 はっとして見回すと、トレチェイスは白の空間で夕鈴と向かい合っていた。


「大丈夫? トレチェイス」


「あ、ああ……ちょっとばかし、昔の夢を見ていたようだ。まだお前と出会う前の」


「そっか……つらかった?」


「……どうだろうな。少なくとも、当時のおれっちが苦しんでいたのは確かだ。けど……」


 あの後、死にものぐるいで集落へと帰還した彼は、なかば自暴じぼう自棄じきに仲間たちの前へ再びその身をさらした。そうして『これでおれっちは愛に困らない』などと己への皮肉を込めて愛珠を見せびらかし、吹聴ふいちょうしてまわった時期もあったが。


 やがて隠れ里のうわさ流布るふした賢者と名乗る存在に行き着いたトレチェイスは、夕鈴の魂を喰らった魔獣との邂逅かいこうを果たし、これをって"儀式"を完成させ、ついには再会に至った。以降は記憶を失った彼女と愛珠獲得の旅に出て、結界への到達に成功する。


 そこからは、先ほど"無"から自分を見つけ出してくれた楓也という人間を彼女とともに救う運びとなり――結果、こうして貧乏くじ(・・・・)を引かされる顛末てんまつとなったようだ。それを証拠に、トレチェイスの真後まうしろには、自身の奥魔おうまへそのごとく繋がる、上位魔神の黒い霧が浮かんでいる。


「……けど、今は違う。おれっちはお前と会って、感謝されたり、したりする喜びを知った。ちょっと不本意だったけど、お前と一緒に楓也(あの人間)を"愛する"ことだってできた。だからさ」


 彼はこのあと目覚めた先で待っているであろう、兄や仲間たち、そしてまだ見ぬ人間、ひいてはすべての魂を見据みすえて笑顔で言った。


「おれっちはもう大丈夫。これから、どれだけの時間が掛かったとしても……必ずみんな、本当の意味で愛してみせるから!」


「ふふ。それじゃあ……もう彼にく理由はないはずです。おやく御免ごめんですね? 暗黒神(・・・)さま」


 夕鈴がそう言うと、黒い霧は徐々に薄くなっていった。同時に、精神世界の壁が瓦解がかいし、二人の魂はアスターソウルにて、その身体を再構築する。

直近の三話は、第180話『全放出』から

第182話『重き真相』で語られた内容の答え合わせでした。


なお"お願い"のくだりは第66話『二つの黒』にございます。

つまるところ、夕鈴の全放出を手伝った存在は……。


※お読みいただき、ありがとうございます!

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