第214話 もう一度
「阿岸君!」
駆け寄ってくる楓也。先ほどガウラから『その場で待機』のハンドサインを受け取っていた佳果とアーリアは、核を警戒しつつ皆の動向を気に掛けていた。彼が来たということは、次の作戦が決まったのであろう。
「おー、話がまとまったみたいだな」
「楓也ちゃん、わたくし達はどう動けばよろしいでしょうか?」
「はい。まもなくアパダムーラ本体との総力戦が始まると思いますので、お二人はひとまずそちらに参加してください」
「ん、核の方はどうすんだ? 今のところ特に奪還しにくるような気配はねぇけど、せっかく引き離したのに、このまま放置ってわけにも……」
「そっちはぼくが担当するよ。今から瘴気に触れて、中に囚われたトレチェイスさんを探してくる。波來さんいわく、これは魔境で彼や押垂さんと会っているぼくじゃないと務まらない役らしくて」
「……なるほど、そういう感じか。ならお前に任せるぜ。俺たちは核の周辺に攻撃がいかないよう注意しとくから、集中して捜索するといい」
「ありがとう、心強いよ!」
「……どうかお気をつけて。あなたに何かあったらわたくし……また少々、無理をさせていただくかもしれません」
「そ、それは絶対ダメです! ヴェリスを庇って刺されちゃったとき、ぼくそのまま心臓止まるかと思ったんですからね!?」
「うふふ、でしたら無事に帰ってきてください。約束ですわよ?」
「……はい。必ず」
彼女と指切りを交わした楓也は、そのまま魔を纏って核に近づいていった。
漆黒の霧が彼の意識を受け入れ、精神世界へと誘う。
◇
核の内部は、かつて東使組で視た領域とも、世界悪意に塗れた時の光景とも違っていた。眼前に広がるのは、果てのない"無"。音も光もない空間のなかで、楓也は今までに感じたことのない狂気が侵蝕してくる感覚をおぼえた。ここでは己という存在が、一秒ごとに溶け出して曖昧になってゆくのだ。
(……大丈夫)
自分にそう言い聞かせる。これは結界のそばで魔物化しかけた際に起こった自我崩壊とは性質が異なる。信じるものを想起して、心を――魂を見失わなければ、きっと乗り越えられる闇に違いない。そんな直感に従い、彼は音の無い声で叫んだ。
「ぼくは青波楓也! 阿岸君の親友であり、彼や押垂さん、陽だまりの風を愛する高校生プレイヤー"もぷ太"だ! それは、それだけは……どんな時だって変わることはない!」
すると思い浮かべた皆から絆の糸が伸びてきて、彼の魂に繋がり、不可侵の光を灯した。"無"に仄暗さが生じ、音も僅かに戻ってくる。同時に、背後から視線を感じた。
「あなたは……」
振り返った先でうずくまっていたのは他でもない、トレチェイスだった。
彼は不意にやってきた楓也の光に当てられ、目を見開いている様子である。
「誰……だ……? その……輝きは……知って……いる……ような……」
「トレチェイスさん。あの時は助けていただいて本当にありがとうございました。お陰でぼく、こうして人間に戻ることができましたよ」
「……? トレ……チェイス……どこか……懐かしい……響きだ……」
「ぼくはあなたに、心から感謝しています。もちろんジェフィーラさんにも」
「……!」
刹那、トレチェイスの意識は楓也のなかにある巨大な真っ白の珠を認識するに至った。あれは確か、自分が貰い、返しそびれ――そして結局、二人で力を合わせて獲得し直したものだ。
(……二人? 誰と? ………そうだ。あの人間にその名をつけたのは……おれっちだった。お前とおれっちは根本的に違うけど……もしかしたら、同じであれるかもしれないって……賢者様に教わった言葉を使って、そういう意味を込めて名付けたんだっけ。ああ……もう一度、お前の笑顔が見たいな……なぁ、ジェフィーラ……)
「――トレチェイス!!」
その瞬間、上方から一筋の光が差し込んでくる。驚いて彼と楓也が見上げると、そこには白竜の背に乗った夕鈴の姿があった。彼女は目を細め、ふわりと優しく微笑んで言う。
「遅くなってごめんね、トレチェイス……それに青波くんも。迎えにきたよ!」
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