第213話 遺憾
「佳果さん、ちょっと失礼しますわね!」
咄嗟に、アーリアが幅跳びの要領で彼に急接近した。衝突する直前、ひらりと背中側へ回り込んだ彼女は、佳果を抱えつつ慣性を利用してその場から離脱する。
そうして地面に落ちた核から、漆黒の霧が立ち昇っている。遠目にもわかるその禍々しさは、世界悪意として立ちはだかったムンディを彷彿とさせた。だが今回は直視しても精神汚染が起きるような気配はなく、シムルが訝しがる。
「あれって瘴気、だよな? 上位魔神が最後の抵抗をしているのか……?」
「うーん、でもそれにしては濃度が低い気もしますよね」
「わたしもそんなに怖い感じ、しない。……超感覚制御のお陰かもしれないけど」
零子やヴェリスの反応に、「まさか」と明虎に眼差しを向けるチャロ。
「あなた、これを見据えて動いていたのですか……?」
「……上位魔神がいずれ何らかの干渉してくることは火を見るより明らかだった。ゆえにその力の源泉を弱化させておこうというのは、至極当然の発想だよ」
「!」
"源泉"という言葉の意味を、楓也は即座に理解する。彼が次元のはざまで、依帖を煽動した魔神に対し『平らげろ』と言ってガスを喰わせていたあの局面――思えばあれは、負の感情を世界へばら撒いている魔神のうちの一体を強制的に弱化することによって、"上"へのエネルギー供給量を低減させたのだろう。ともすれば、その後『やり方がわかった』と不気味に笑っていた明虎が、今日まで何をしていたのか察しがつく。
「波來さん、あなたは……今までずっと、そんな危険な活動を?」
「……"上"の駒として動いている魔神は想像以上に多くてね。世界には未だ、君たちのような被害者が蔓延しているのが実情だ」
彼はそう言って瘴気を射竦めたあと、チャロを見て少しだけ哀しそうな顔をした。
「結果、こうして私の近くにも……二人の愚か者が生まれることとなった」
「……明虎……」
「私が最もいけ好かないのはねぇ。負の感情を下々に集めさせ、自らは上位次元を隠れ蓑に胡座をかいている。そんな黒幕のやり方だよ」
初めて本心を晒す明虎を、全員が息を呑んで見守る。
「現実世界でも同じこと。働く者がいるから社会は立ちゆく。しかるに権力を振り翳し、それをさも特権と言わんばかりに、不当な役割と運命を他者に強いて、甘い汁を吸うだけの狼藉者……これをのさばらせて良い事情など、少なくとも私は知らない。そして何よりも――」
彼はおもむろにチャロの頭へ手を乗せると、凛とした声で言った。
「君と夕鈴の絆を弄んだこと。私は甚だ遺憾に思っている」
「っ……」
明虎の行動理念が判明し、チャロは顔を伏せて肩を震わせる。その表情を確認せず、彼はゆっくり手を放すと、次は楓也に近づいていった。
「もぷ太くん」
「っ、はい!」
「弱化こそしたものの、あの瘴気は"真の勇気"だけで太刀打ちできる類ではない。別の切り口が必要になる」
「別の切り口……?」
「ああ。そしてそれはおそらく、夕鈴から愛珠を貰っている君にしかできないことだ。――いいかい、核の瘴気に触れ、中の空間にいるトレチェイスを発見するのだ。そこまで漕ぎ着ければ、晴れてチェックメイトだよ」
「……! わ、わかりました!」
なぜか無条件に彼の言葉が信じられるようになった楓也は、そのまま佳果たちの方へ走ってゆく。
「さて、こちらは魔物たちに加勢するとしましょうか。ヴェリスさん、身体だけとなったアパダムーラを討つのはあなたの仕事ですよ」
「わたし?」
「ええ。そのために今、強力な助っ人を呼びます」
直後、瞬間移動を使って戻ってきた彼の横に、見知った人物が現れる。
「あっ、おばあちゃん!!」
「ヴェリスちゃん、皆様。よくぞここまで耐え忍んでくださいました。これより私が、アスターソウルに存在する全ての補助魔法をお掛けいたします。もう一息です、ともに頑張りましょう!」
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