第14話 タイマン
※前話を読み飛ばしたかたは、あとがきの要点をご覧ください。
「むかしのこと……思い出した。お前がやったのか?」
「!」
佳果をにらみつけるこども。
先ほどの映像――生前の記憶を見せられたのは、佳果だけではなかったらしい。感情のなかった瞳には憎悪の闇と憤怒の炎が同居している。何かに対して、ひどくいらついている様子だ。
「目がさめたら、ここにいた。身体は動くけど……おなかがすいてしょうがない」
「……」
「だから"もっている"やつを襲った。そうすれば、おなかがいっぱいになるって知ってたから。……お前らの気配がして、しとめそこねたけど」
そう言いながら一歩、また一歩と近づいてくる。佳果は涙と冷や汗をぬぐって、ファイテングポーズを構えた。この子は生まれ変わってもなお、あやまちを繰り返そうとしていたのだろうか。
「でもさっきのあいつも、前のあいつらも……本当は"もってない"やつだったのかもしれないって思い出した。それを考えるたび……」
こどもは自らの胸ぐらを、ぎゅうと鷲掴みにする。
「頭とこのへんが痛くなって、余計におなかがすく!!」
声を荒らげるこどもの姿を見て、佳果は確信した。
この子は答えを欲している。
そしてそれを知るためには、ここで示さねばならない。
もう二度と、あやまちを繰り返すべきではない本当の理由を。
「…………俺は"もっている"ぞ」
「!?」
「だから遠慮すんな。思いのままに――俺から奪ってみせろ!」
「くっ、うぉぉぁああ!!」
黒と赤のオーラをほとばしらせて、こどもが殴りかかってくる。しかし佳果はファイテングポーズをほどき、そのまま腹で攻撃を喰らった。凄まじい衝撃によって後方へ押し飛ばされるが、まるで地に根を張っているかのごとく、どっしりとした佇まいでそれを受けきる。彼は顔をゆがめながらも、揺るがぬ意志の光を瞳に宿してこう言った。
「お前のひだるさ、こんなもんじゃねぇだろ……もっと気合い入れて殴れやぁ!!」
「う……うぁぁぁああああ!!」
拳と蹴りの雨がふりそそぐ。容赦ない猛攻により、佳果の顔面はしだいに腫れ上がり、あばらは折れ、膝も割れ、失神しそうな激痛が絶え間なく全身をかけ抜けた。しかし彼は決して屈せず、残りの体力が0になっても立ち続ける。
すべての攻撃を受けとめられ、こどもは息切れしながら困惑していた。なぜか倒すことのできない眼前の男――こいつから得体の知れない恐怖を感じるのだ。その目を見ていると、どうしようもない不安に押しつぶされそうになる。
気づけば、まとっていたはずのオーラは失われていた。
「……もう終わりかよ?」
「なんなんだ……」
「あん?」
「なんなんだよお前は!! なんで反撃してこない!?」
「する必要がねーからだよ」
「……!?」
「お前、もうボロボロじゃねぇか」
佳果は静かに歩み寄り、唐突に「手のひら出せ」と言う。こどもはわけもわからないまま、恐る恐る小さな手を差し出した。すると彼は、その手を目がけて思いきり平手打ちを行った。ピシャリと打ち合ったお互いの手はじんじんと痛み、こどもの表情は怒りから驚きへと塗りかえられる。
「痛ぇか?」
「……なにを言って……」
「俺は痛ぇわ」
「は……?」
「お前さ、よく見てみろよ。自分の身体のことを」
狐につままれたように確認すると、そこには傷と内出血だらけの手があった。酷使しすぎて、けいれんしている足があった。身体のいたるところに、つって言うことを聞かない筋肉があった。一度認識してしまうと耐えがたい鈍痛が襲ってきて、あらゆる感情が打ち負かされてゆくのがわかる。
「ほらな。……ひと殴るとよ、すっげー痛ぇだろ?」
「! ……こんなの全然……痛くない」
「まあ、お前は強いからな。でも心は違うはずだぜ」
「……こころ?」
「俺は"もっている"けどよ。お前みてーなやつ見てると、ぜんぶやってもいいかなって気持ちになる。そんでそれは、"もってない"やつもたぶん同じだ。お前がパンをもらったあの二人や、さっきのやせた兄ちゃんみてぇにな」
「………」
「もちろん、全員がそうだとは言わねぇぜ? でもお前は――お前の心は、とっくに気づいてんだ。もつとかもたねぇとか、そういうのに関係なく生きているやつが、世界にはいるんだってことをな」
こどもは思った。この男が言っていることは、いまいちよくわからない。
だが、かつて自分が殺めた老人と若い男がしていた、あの不可解な目。
それと同じ何かが、彼の瞳にも宿っているのはわかった。
「お前にはたくさん殴られたけどな。俺はお前を恨まねぇ。だからお前も、お前自身を恨むのを、やめてやれよ」
男は笑って手を伸ばし、自分の顔から何かを拭いとった。
それは涙だった。
いつから泣いていたのかはわからない。
前に生きていた時は、一滴も流したことがなかったのに。
「なあ、名前を教えてくれ」
「……ぐすっ。名前なんてない」
「――そうか。なら、"ステータス"って言ってみろ」
「? ……ステータス」
表示されたウィンドウには、見たことのない文字が書かれていた。
こどもは元々、読み書きができなかった。
しかしどういうわけだろう。
これは見ただけで、何が書いてあるかがわかってしまう。
「"ヴェリス"。……自分の、名前」
「ヴェリスか。俺は阿岸佳果ってんだ。うし、こいつら起こしたら、お前にメシ食わせてやるよ。ちょっと待って……ろ……」
佳果はそう言いかけて、意識を失ってしまった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ヴェリス、性別はどっちだろう?
と思った方がいらっしゃいましたら、
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!
【第13話の要点】
・こどもは過去生で奴隷として拘束されていた。
・逃げた先で餓死しかけたが、無償で施す者が現れ、九死に一生を得る。
・だが施す者=恩に着せて自分を売ろうとする輩であると錯覚してしまう。
・人を殺めることで食料を奪えると学習。
・お尋ね者となり、逃げ回るうちにまた餓死しかける。
・再び施す者が出現。だが貰った食料は他の飢えた大人たちに奪われた。
・必死に応戦するも、返り討ちに。そのまま衰弱死の一途をたどる。
・走馬灯にて、自分に施した二人を想起。両者とも貧しかった事実に気づく。
・敵しかいないはずの世に、なぜ他者を優先する者がいるのか疑問を覚える。
・こどもの魂は次元を超え、アスターソウルにて転生を遂げた。




