第210話 本来の輝き
「はぁぁ!」
ノーストが巨大な魔剣を片手で操り、疾風怒濤の連撃を繰り出している。重力を無視しているかのような速度で放たれるそれらの斬撃には、全属性と無属性が合わさった死角なき攻撃魔法の付与に加え、一振りごとに空を裂く鎌鼬が発生し、敵を着実に削ってゆく。
「ォォオオオ!!」
咆哮し、超高速移動でいったん間合いを取ろうとする白竜。しかしノーストは転位魔法で後ろを取り、また淀みない太刀筋で剣撃の嵐を巻き起こした。痺れを切らした白竜は強引に反撃に転じるも、その神速の爪牙は魔剣によって受け止められてしまう。
「グルルルル!!」
おそらくあの剣は、攻防時に生じる衝撃をすべて魔力に変換しているのだろう。彼はそれを利用し、飛躍的な能力の向上を維持し続けている。永久機関を用いるとは、非常に厄介な相手だ。
「ふむ。うぬ、思考しているな」
「……」
「もし話が通じるならば好都合。このまま続けても埒が明かぬだろう? 吾の攻撃は、その出鱈目な硬度の鱗が邪魔をして決定打になり得ず。そしてうぬの攻撃もまた、こちらに届くことはない。まさに膠着状態といえよう」
「……」
「そこで提案するが、ここは一時休戦とゆかぬか。吾は決着なき闘争に興じている場合ではなくてな。……なに、うぬはそこで何もせず佇んでいればよい。おとなしく従うならば、事が片付き次第、もとの次元へ帰してやるのも吝かでは――」
『……つけあがるな……小童』
「!」
不意に白竜から念話が発せられた。瞬間、タイムストップが発生し、これを認識できなかったノーストは敵の鉤爪をまともに喰らって吹き飛ばされる。
「――ぬ!?」
時が動き出すとともに、痛恨の一撃を浴びた彼は周囲の岩に叩きつけられ、血反吐をはいた。しかし意識と気力は失っていないため、すぐに治癒魔法をかけて体勢を立て直す。
(ぐっ……どういうことだ……予備動作がなく、寸陰の余白もない奇襲……傷口は魔境で見た爪痕と同じようだが……つまり、実際に攻撃を受けたということか? 考えられるとすれば――)
熟考しながら立ち上がるノースト。白竜はそんな彼を見下すように一瞥すると、あろうことか背を向けて翼を広げ、飛び去ろうとしている。
(この好機に離脱だと……? あり得ぬ)
敵の見せる不可解な挙動の数々。
今は情報を引き出すべき時であると即断し、彼は叫んだ。
「おい、どこへ行くつもりだ! 吾はまだ倒れておらぬぞ!」
『……お前の相手は後回しだ。おれは追わなければならぬ……追って、常闇を祓わなければ……』
「常闇? うぬが"時間停止"を温存していたことと、何か関係があるのか!」
『……お前とて刹那の闇……教える義理などない……』
そう言って浮上を始める白竜。奴を呼び止めるために、最も効果的な言葉は何だろうか。ノーストは直感的に浮かんできたものを口にした。
「待て! うぬは、うぬは誠神なのか!? それとも魔神か!?」
『ええい……煩わしい奴め……! 何を訳のわからぬことを――いや……誠神……魔神……? それは確か……』
明らかに白竜の様子が変化する。ノーストは神妙な顔をして魔剣を納めると、彼の眼前まで飛行して懸命に呼びかけた。
「しっかりせよ! うぬは何者だ? その身体に宿っている穢れた魂……本来の輝きはどこへやった!?」
『穢れ……魂……輝き……おれは……こやつは……』
◇
「ウーちゃん……」
俯く零子を見て、陽だまりの風だけでなくパリヴィクシャたちも悲嘆に暮れている。おそらくウーは、前に太陽神が行った時間軸移動と同じく――"正しい世界"に自分たちを連れてゆく目的で、己のエネルギーをこの瞬間の再構築に費やしたものと思われる。
「……ここはまだ敵前だ。あいつがくれた最後のチャンス、絶対無駄にはできねぇ! 今はみんなで力を合わせて、作戦の立て直しに集中するぞ!」
佳果の言葉に、全員が頷く。現在アパダムーラはこちらを様子見しているフェーズである。まだ核も破壊していないため、先と比べれば幾分かは弱体化しているはずだ。殲滅モードに入る前の現段階で、攻略法を見つけなければ。
「皆様、聞いてください」
「? どうした零子さん」
「先ほどまでいた時空で、あたしはクァエレアによる標的の解析を完了させました。結果、アパダムーラの中にいるのはトレチェイスさんであると判明しています」
「ッ……それはまことか!?」
驚くパリヴィクシャに、彼女は「ええ」と答えて続ける。
「そしてあの途方もない攻撃と防御の性能――あれはトレチェイスさんの魂にある奥魔を、上位魔神が増幅させたものです。アパダムーラ自身も元々強力な魔獣のようですが……あの存在は、双方の闇が融合し、膨張することで生まれた無二の脅威」
「……ってことは姉ちゃん、もしかして」
「はい。あたし達のやるべきは……トレチェイスさんの魂を、アパダムーラの魂から引き剥がすことです!」
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