第205話 冷静かつ大胆に
「っし! 気合い入れていくぞ」
アスター城が最寄りの僻地。そこにある"ひずみ"付近で待機している佳果は、両頬をバシッと叩いて独りごちた。そんな彼をリポップ直後の魔獣たちはこぞって睨みつけるが、いずれも直ちに尻尾を巻いて逃げ去ってゆく。これは以前、シムルから貰ったフィラクタリウムのピアスによる効果だ。
(……今回の相手にも、この魔除けの効果は通用すんのかな? まあ、したところで好き勝手に泳がせるわけにはいかねーんだけどよ)
屈伸と伸脚をしながらそう考えていると、全体チャットへ連絡が入る。
ガウラ 「現状、A地点は異常なしじゃ!」
もぷ太 「B地点も変わりありません」
アーリア 「同じくC地点、オールグリーンです!」
和迩零子 「D地点、確認OKです。YOSHIKAさんの方はいかがでしょう?」
YOSHIKA 「E地点も平和だぜ。とりあえず、チャロを出し抜いて急襲してくる
ようなことはなかったみたいだな」
YURI 「ええ、幸いにも。……では皆様、このまま合図をお待ち下さい」
一瞬、最後に表示されたユーザー名に驚いてしまったが、そういえば今のチャロは夕鈴のアバターに魂が定着している状態であった。生前の彼女が自分と同じくローマ字表記でプレイしていた事実を知り、佳果の緊張が少しほぐれる。
◇
いっぽうラムスでは、待機中のヴェリスが目を閉じて集中力を高めていた。その隣でシムルは深呼吸を繰り返し、ここからの段取りを脳内で復唱して、イメージトレーニングを重ねている。
(まず、実際に魔獣が現れた場所にいる人から、地点のアルファベットと数字が送られてくる。1は白竜、2は六角柱の魔獣。そしたらおれは2のほうへ、可能な限り手早くみんなを瞬間移動で運ぶ。そして――)
(吾らは1へ転位魔法で移動、そこからはいよいよ実戦だな。……しかし)
ノーストがシムルとヴェリスの様子を一瞥した。普段あまり物怖じしない二人も、今回はさすがに大きなプレッシャーを感じているようで、表情は硬く、小刻みに震えているのがわかる。このままでは碌に実力も発揮できず、勝敗を運否天賦に任せることになるだろう。彼はおもむろに、それぞれの肩へそっと手を置いた。
「よいかうぬら」
「ノーストさん……?」
「な、なに、ノースト」
「こういうのはな、どれだけ入念に備えようとも、たいてい予定どおりには運ばぬものなのだ。ゆえに吾は、端から不測の事態を見越して構えている」
「……」「?」
「つまり、うぬらが仮にしくじろうとも、所詮は想定の範囲内に過ぎぬということだ。……肩の力を抜け。いっそ多少ハンデをくれてやるくらいの気概で臨め。この戦には、失敗など補って余りあるほど、多くのつよき家族が控えているのだから」
「!」「あ……」
ノーストは後ろを振り返ると、パリヴィクシャを筆頭とする精鋭部隊に檄を飛ばした。
「……駄目押しとゆこう。ものども、吾は一騎討ちで白竜とケリをつけることにした! 敵を伸した後は速やかに合流するゆえ、それまでの間、うぬらには陽だまりの風の死守を命じる!」
「御意に!」
「!? で、でもノーストさん! いくらなんでも一人じゃ……!」
「一人ではないぞ。此奴と一緒だ」
そう言って魔剣を携えるノースト。その猛々しい姿は、有無を言わさぬ絶対的な安心感を二人の心にもたらした。
「吾の心配は無用。……シムル、そしてヴェリスよ。冷静かつ大胆に、遺憾なく勇気を奮え。その魂の光をもって世界を照らし、心のままに導くのだ!」
「……わかった!」「ありがとう、ノースト!」
彼の激励によって、震えが治まっているのに気づく二人。その光景を遠目に、ウーとチャロは互いに顔を見合わせてニッコリと微笑んだ。
――刹那。
「! 来ました、次元の揺らぎです!」
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