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第13話 おなかがすいたから

※今回は暴力的な内容を含みます。苦手な方は読み飛ばして次話をお待ちください。

(なんだ?)


 佳果は半透明になって空中に浮かんでいた。見下ろすと、天井から伸びている鎖の手錠てじょうをつながれたこどもが、牢獄ろうごくのような場所でへたり込んでいる。何度も逃げようとしたのだろう、手首は傷だらけだ。そしてその空虚な表情には見覚えがあった。


(――そうだ。俺は、ばあさんから預かった宝石の光に包まれて……あいつ、見た目は違うけどさっきまで戦っていたこどもだよな。どうなってやがる?)


 はてなを浮かべていると、こどもが大きくうなって全身に力をこめた。血が潤滑じゅんかつになったのか、手錠をすり抜けることに成功する。そのまま脱走したため、佳果はあわてて後を追った。

 

 こどもは、すぐ大人の男に見つかってしまった。だが捕まえようと迫りくる腕にかみついて、男がひるんだ隙に、ふたたび死にものぐるいで駆け出す。「奴隷が逃げたぞ!」という大声とともに他の大人も出張ってくるものの、幸いこの場は逃げおおせたようだ。

 その一部始終を見ていた佳果。ところが、誰も彼のことを認識していない。まるで実体がないかのように壁を通り抜けられるし、なぜか声も届かない。


(こりゃもしかして……あいつの記憶ゆめなのか?)



 とぼとぼと荒野を歩くこどもは、腹が減ってしかたがなかった。脱出してからというもの、何も口にしていない。行けども行けども、雑草すら生えておらず、虫も見当たらない。次第に体力がなくなって、衰弱したこどもは道ばたで倒れた。

 そこへ、一人の老人がやってくる。

 老人はこどもに少しずつ水を与え、パンをほどこした。


「これくらいしかしてやれんが」


 微笑み、去ってゆく老人。その後ろ姿には目もくれず、こどもはパンをむさぼった。やがて動けるようになると、また当てもなくさまよい続ける。

 その後、どのくらい経ったかはわからない。こどもは奇跡的に人里を発見した。食欲を刺激する香りがただよってきて、吸い寄せられるようにとある民家へとたどり着く。窓からのぞくと、あの老人が食事していた。


「ん? お前さん……」


 気づかれた。

 こどもは死んだ目で思考する。


 あいつの食べているもの、うまそうだな。

 あいつ、なんでここにいるんだ?

 ……ああ、そうか。

 あのパン、このためのエサだったんだな。

 また売られるのか?

 ――売られてたまるか。


 気づけばこどもは近くにあった石を拾い、出てきた老人を殴っていた。

 そうしてパンよりもいささか豪華な食べ物にありつく。

 こどもは恍惚こうこつの表情で、すべてたいらげて離脱した。

 これが最初のあやまちであった。



 こどもは学習した。"もっている"やつを襲えば腹が満たされる、と。

 以降、近くにあった林に身をひそめ、腹が減れば集落へおもむいた。

 しかし不審死が続いたことで、こどもの悪事はたった数回で明るみに出てしまう。

 怒りくるった大人たちから逃げ出して、次の場所を探す日々が始まった。


 ――この方法は、思ったよりも長くは続かなかった。

 なぜなら、新しい人里が見つからないからである。

 こどもは再び衰弱してゆき、ある日、また道ばたで倒れた。

 するとあの時のように、パンを差し出す者が現れる。


「お食べ」


 若い男だった。にっこりと笑う男の身体は、こどもよりもやせこけていた。パンを渡すと、男はフラフラとどこかへいなくなる。それを確認し、こどもがパンを食べようと口を開けた瞬間であった。

 何者かに腹をりとばされ、のたうち回る。すわった目で攻撃してきた相手を見やると、女がニタリと笑っていた。やつもまた、自分と同じくらいやせている。


「ここは食うか食われるかなんだよ」


 気づけば、パンを奪われていた。こどもは力を振り絞り、叫びながら女に体当たりしてそれを奪い返した。ところが、騒ぎを聞きつけた他の飢えたものたちも集まってきて、皆にパンの存在がバレてしまう。こどもは走って逃げたが、一人の男が追いついて頭を取り押さえた。


「よこせ」


「わたさない」


 パンを抱きしめて必至に抵抗するが、力を使い果たした今、大人にかなう道理はなかった。ボコボコに殴られ、よこさないと殺すとおどされ、最後は諦めるに至った。

 全身の痛みを感じながら、薄れゆく意識のなかで、こどもは思い出していた。


『これくらいしかしてやれんが』

『お食べ』


 老人と若い男は、確か同じ目をしていたような気がする。

 男のほうは、自分よりもやせていたな。

 なんでパンをくれたんだろう。

 お前も腹が減って死にかけていたんじゃないのか。


 自分はさっき、痛くて死にそうだったからパンを手放した。

 でもあいつらは、嬉しそうに笑ってパンを手放していたな。

 そういえば、老人の家は一番物が少なかった。


 なんでだ?

 ――世界には、敵しかいないというのに。

 

 そこまで考えたところで、こどもの命はつき果てる。すると世界が光につつまれて、その魂は猛スピードで次元を超えていった。やがて到着したのは、『アスターソウル』の世界であった。

 夢から覚めた佳果は、溢れ出る涙を指で確かめて驚いていた。

 視線の先には、恨めしそうな顔をしたこどもが静かにたたずんでいる。

お読みいただき、ありがとうございます。

10話との温度差で風邪ひくわ!

と思った方がいらっしゃいましたら、

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