第196話 取捨選択
「しっかしよ。ここにきて、こんなゲームっぽいことする流れになるとはなあ」
遺跡のような場所で、佳果が物陰から魔獣の動きを窺っている。すぐ後ろでは楓也とアーリア、ヴェリスも顔を覗かせていた。
「ホントだねぇ。それにしてもこの状況、なんだか最初の頃を思い出すよ」
「うふふ、みんなでヴェリスちゃんの装備を整えようとしているわけですものね。今回の調達先はショップでなく、ダンジョンですけれど!」
「……わくわく」
四人は現在、SSⅦから入場できる『アラムナ』という町を越え、さらにⅧ以上から解禁される『ビビダタ』なる拠点近くのダンジョン内にいる。この周辺は砂漠地帯になっており、点在するピラミッドのようなダンジョンはどれも高難易度の迷宮だ。しかしその分手に入るアイテムの性能が高く、挑むだけの価値はあるということで、彼らは故あってヴェリスの装備を新調しに来ていた。
「そらよっ!」
程なくして佳果が不意打ちをしかけると、魔獣はそのまま反撃する間もなく蒸発してゆく。同時にフロアのどこかで石の扉が動く音がして、彼らは開いた場所を隈なく探しまわった。やがて、複数のアイテムが無造作に置かれている無駄に広い部屋を発見する。
「これか、宝物庫ってやつは。なんつーか……空間のもて余し方が半端ねーな」
「……思ってたのと違う」
「あはは、てっきり宝箱とかがあるものだと予想していたけど……地べたに直置きって、結構シュールな絵面だね」
「あら? そういえば楓也ちゃんも、ダンジョンはこれが初めてなんでしたっけ?」
「はい、SSⅦ以降の地域は初見なので」
「まあ……わたくしとしたことが失念しておりましたわ。ええっとですね、この部屋はいわゆる"ハズレ"なんですの。"アタリ"のほうはもっとインパクトがありますから、みなさんどうか気を落とさず、次の階層へ参りましょう!」
「そうなのか。んじゃ、探索再開といこーぜ! その"アタリ"を目指してよ」
「……わくわく!」
その後、慣れぬダンジョン攻略に難儀すると身構えていた楓也であったが、アーリアにとって庭のような場所だったことも相まって、実際には特に苦労もせず、四人は最終フロアの宝物庫まで辿り着いた。幸い"アタリ"を引いたらしく、壁・床・天井とすべてが黄金に輝いている部屋を見つめながら、アーリアは少し後ろめたそうに言った。
「……本当はもっと寄り道でもしながら、道中を楽しみたいところでしたが……わたくしが先導したことで、少し味気のない探索になってしまいましたわね。今回は緊急で致し方なかったとはいえ、せっかくの機会を台無しにして申し訳――」
「うぉー! ぜんぶ金ピカじゃねーか! すっげ、俺こんな部屋見たことねぇぜ!」
「キラキラ! ……ギラギラ? えへへ、まぶしい!!」
「宝箱も絢爛だね! わぁ~どんな装備が入っているんだろう! 着るのはヴェリスだけど、オシャレなやつだと嬉しいなぁ!」
(…………ふふ、優しい子たちですこと)
◇
いくつかのダンジョンを制覇した彼らはラムスまで戻り、戦利品を整理した。楓也は各種武具の能力値と特殊効果などを比較して、冷静に取捨選択をおこなう。
「これは要らない……こっちは……捨てがたい効果な気もするけど、能力値の方がそぐわないかな……」
「楓也、どういう基準で選んでんだ? ヴェリスの装備」
「まずはとにかく、防御力が高いのが重要かな。ウーから届いた通信によれば、今回の相手はレベルによる補正だけじゃ、たぶん300レベルでも一撃でやられちゃうくらい滅茶苦茶な火力を持っているみたいだから」
「!? そこまでデタラメなやつらなのかよ……」
「うん。だからいま優先すべきはレベリングではなくて、装備補正が高く、かつそれを強化できるような効果が付与されている装備を選ぶこと。ヴェリスは固有スキルさえ使えば敏捷性がカンストさせられるから、たとえ規格外の相手であっても基本的に被弾しないと思うけど……防御力を上げるのは、万が一攻撃に当たってしまったときの保険だね。もちろん、ぼくや和迩さんがバフをてんこ盛りにして、アーリアさんにも後ろで控えてもらうつもりだよ。その上での保険という意味さ」
「……なかなか手堅いな。ま、不本意ながら最終的にこいつが単騎で攻めるっつー作戦だ。過保護なくらいでちょうどいい」
ヴェリスのマイオレムは防御無視という唯一無二の効果も持っている。ゆえに規格外の魔獣へまともに攻撃が通る人間は目下彼女以外に存在しないということで、今回の作戦では一通り撹乱や小手調べを佳果たちがおこなった後、魔獣のうち一体をノーストが、もう一体をヴェリスが各個撃破する予定となっていた。
とはいえ、彼女はこちらの世界の人間。怪我をすれば痛むし、致命傷を負えば死んでしまうかもしれない。どれだけ備えても、備え過ぎにはならない。
「……気休めですが、確率でダメージ軽減が発動する効果も欲しいところですわね。あとはこちらを。以前わたくしが手に入れた、最高レアリティのロケットです」
「? これはアクセサリー枠ですか。どういう効果なんでしょう?」
「特殊スキルが使えるようになります。魔法攻撃に対してのみですけれど、30秒間ほど無敵になれるという効果の」
「! なるほど……物理攻撃は自力で躱せたとしても、広範囲型の魔法が多段で撃たれたら為す術がないですもんね。ヴェリス、そうなったときはこのスキルを使って全力で逃げるんだよ?」
「ん、わかった。みんな、色々かんがえてくれてありがと」
「当たり前だろ。……こんな危険な役、本当はお前にやらせたくないんだ。だからせめてベストな状態で送り出してやれるよう、俺もトコトン協力するぜ」
わしゃわしゃと佳果に頭をなでられるヴェリス。久しぶりのぽわぽわした感覚を堪能した彼女は、魔獣襲来の恐怖よりも――今この瞬間、全員の心が繋がっているという実感と喜びのほうが勝り、顔をほころばせた。
ふと、先ほど受け取ったアーリアのロケットを開けてみる。その中には、出会ったばかりの頃に撮ったと思われる四人のスクリーンショットが入っていた。そこに映る不機嫌そうな自分が、今はとても懐かしく感じられる。
お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかなと思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!