第193話 みなぎる想い
「夕鈴の魂が……喰われて……」
ガウラから全ての話を聞き、愕然とする佳果。有事につき矢継ぎ早の調査報告になってしまったが、本来ならばもっとなし崩しに伝えるか、場所や時間を考えて打ち明けるべきだったはずだ。
予想はしていたものの、先ほどまでの和やかな空気が一転、深刻な面持ちとなった一同を見て、チャロも神妙になる。その重い沈黙を破ったのは、冷静に状況を分析した楓也だった。
「記憶の問題がどうなるのかは、まだわからないけど。その魔獣たちを倒せば、押垂さんとトレチェイスさんの魂は解放されて、元の姿を取り戻すんだよね?」
「そうじゃ。当人らの意志に反している可能性は否定できぬが……"儀式"が完成するかたちになるからのう」
「……押垂さんは一度、トレチェイスさんのためにそれを行っている。そして救われた彼は、彼女とともに愛珠を集めた末、同じようにぼくにも光をくれた。……今までのことを考えるとさ。これもまた必然なんじゃないかって……そう思うんだ」
「……ん。もしあのとき楓也が結界を壊してくれなかったら、ノーストは魔境に行けなかった。わたしたちは戦うことになって、きっとたくさん命が失われていた。ぜんぶ、繋がってる」
彼の気持ちに寄り添うようにヴェリスがそう言うと、楓也は大きく頷いた。
「ぼくたちは彼女を救うために旅をしてきた。でも彼女に救われたからこそ、ここに立っている。……たとえどんな運命が待っていたとしても、この件、ぼくは真正面から向き合いたい。それが唯一、今まで貰ってきたすべての愛に報いる方法だと思うから」
「あたしも楓也さんに同意します。……昌弥はあんな理不尽な目に遭ってなお、優しい気持ちを捨てられないで、昨日までひとり葛藤を続けていた。けれどノーストさんたちと出会ったお陰で、やっと前へ進むことできた――なら、あたしが立ち止まっているわけにはまいりません。彼の目指すこのアスターソウルを破壊させないためにも……彼ともう一度、笑い合える日を迎えるためにも。あたしはあたしの意志で、この試練に臨みます!」
力強く宣言する二人に、ノーストも便乗する。
「ふっ、うぬらならばそう言うと信じていたぞ。……吾は言わずもがな、魔境から出た錆を落とすのは守護魔として当然の責務。加えてこの地には守らねばならぬものが特段多いからな。魔神の指図など抜きにしても、全霊をもって対処に当たるつもりだ。して、他の者の考えは?」
意思表明を催促されたアーリアとヴェリス、シムルとガウラは、みな一様に佳果のほうを見る。すると彼は伏し目がちに言った。
「……母さん」
「……なに?」
「俺さ。夕鈴っていう、大切なダチがいるんだ」
「……もちろん知ってるわ」
「あいつは現実世界だろうがアスターソウルだろうが……地獄だろうが魔境だろうが、なーんも変わらねぇ。いつも"誰かのために"って全力で突っ走りやがってさ。目ぇ離すと、すぐどっか遠いとこに行っちまう」
(阿岸君……)
「けど俺は、そんなあいつだからこそ……迎えに行って、助けてやりてぇんだ。たぶん、いや、絶対に危険な橋を渡ることになる。みんなが傷つくかもしれない。それでも俺は……!」
「――好きなのね、夕鈴ちゃんが」
「!」
「そしてそれと同じくらい、ここにいるみなさんのことも愛している。ちゃんとわかっているわ。……うふふ、だったら、わたしから贈る言葉はひとつだけ」
ナノはゆっくり席を立ち、佳果とシムルの頭を優しく撫でた。
「いってらっしゃい」
様々な感情のこもったその一言は、二人の心に不撓不屈の勇気を与えた。いつもの調子を取り戻した佳果は、揺るぎない信念を瞳に灯して拳を握りしめる。
「ってなわけでよ。お前らも……ついてきてくれるか?」
「ふふっ、出会ったばかりの頃にも申し上げたかもしれませんが、わたくしたちは運命共同体。あなたの行く道にわたくしがお伴するのは、謂わば自然の摂理なのです。どうか今回も力にならせてください」
「兄ちゃんが守りたいものは、おれだって守りたい。それに……ヴェリスの居場所を脅かす存在を、黙って見過ごすなんてできないよ。おれはそのために、つよく在ろうって決めたんだから」
「わたしも同じ。もう二度と、佳果の家族を奪わせはしない。だから全員が助かる方法を一生懸命かんがえる! おばあちゃんにも相談してみるよ!」
「ヌハハ、佳果よ、おぬしは恩人じゃ。ともに"逃げた先"で絶対的な困難が待ち受けているこの状況――さっそく恩返しのチャンスが巡ってきたと、わしは今から武者震いが止まらんわい。相手にとって不足なし、いざ尋常に完全攻略とまいろうぞ」
「…………そうか。……ありがとう、みんな」
佳果は、初めて見る柔らかであたたかい笑顔を皆に向けた。浮かび上がった彼の本質に、全員の士気が最高潮に達する。その溢れんばかりの光に当てられて、チャロは満足そうに、にんまりと目を閉じた。
――今日も今日とて、陽だまりの風が世界を吹き抜ける。
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