第192話 凶報
「……で。そんなところでお二方は一体なにをしているのですか? 中にも入らずにコソコソと」
不意にチャロが窓を開け放ち、外壁に寄りかかっていたノーストとガウラをジト目で見る。一斉に視線が集まり、彼らはバツが悪そうに部屋へ入ってきた。
「いや~なんというか……登場するタイミングを失ってしまってのう。立ち聞きするつもりなんて無かったんじゃが、大切な話の腰を折るのも気が引けたゆえ」
「右に同じだ」
「かか、なんだよ今さら。二人だって家族なんだぜ? 居たなら遠慮しないで堂々と入ってくりゃいいのによ」
「! ヌハハ、すまぬ佳果」
「……しかし、こんな夜更けに集って如何なる議論をしているのかと思えば……よもや全員が血脈にあるなどという、突拍子のない"真実"に辿り着いていようとはな。吾らもまた、丁度それを聞き及んできたところだったのだが」
「真実……? あれ、というかガウラはまだクールタイム中のはずだよね。ラクシャマナクなしで、どうやって戻ってきたの?」
「うむ、実はのう」
楓也の問いに、ガウラは真剣な表情になって語り始めた。
◇
少し前、魔境の結界付近にて。
調査がどん詰まりとなり、夕鈴たちの捜索をいったん打ち切ったガウラとノーストは、ひとまず下山しようと踵を返した。ところが急に結界内の門が重低音を立てて開いたかと思えば、中からムンディが出てくるではないか。どうやら彼はこちらに気づいているらしく、こっちへ来いと言わんばかりに手招きしている。
「……あの骸骨殿は、もしや」
「ああ、例の魔神だな。しかしあやつ、何を考えているのだ? 結界がある限り、吾らは近づけぬ――」
ノーストがそう言った刹那、二人の視界が瞬時に切り替わる。驚いて周囲を確認すると、目と鼻の先にムンディがいた。今しがた立っていたはずの場所は遠くのほうに見える。
「な、なんと!?」
《よお、お疲れさん》
「……何の真似だ魔神。どうやったのかは知らぬが、結界を無視して吾らを引き入れるなど、うぬらの掲げている大層な制約を反故にするのではないか?」
《あーそこはあれだ。俺様もちょっと、チャロを見倣ってみようかなと思ったんだよ。ビバ職権濫用! ってな。クク》
噂に違わぬ道化っぷりのムンディ。ガウラは彼に奇妙な痛快さを感じると同時に、初見だからなのか、どこか得体の知れない恐怖も感じた。いっぽうノーストは、呆れ顔でため息をつくばかりだ。
《悪いが自己紹介は省かせてもらうぜ。……ガウラボーイ、取り急ぎあんたには、次元のはざま経由で向こうに帰還してもらいたい。ウーに箱舟を用意させてあるから、それに乗って早急にな。ああ、エンジンについては俺様がなんとかしたから心配いらないぞ》
「ふ、ふむ? 魔神の立場にあられる貴殿が直々にそこまで根回ししているということは……あちらで何か緊急事態でも発生しているのかのう? しかし、何故わしなんじゃ」
《おっ、勘がいいな。まあ詳しくは飛行中に念話で話すから、とりあえず中に入って箱舟に乗ってくれ。当然ノーストもだぞ? あんたはあんたで、重要な仕事がある》
◇
その後、箱舟のなかでまず最初にムンディから聞かされた説明はこうだ。
結界崩壊の当時、不安定だった時空に付け込み、裏で夕鈴たちの魂を喰らった魔獣をこの次元のはざまへ差遣したと思しき、彼の"上"に当たる存在。その狙いはおそらく、彼女の転生を阻止するためだったのだという。
《魔境において、最終的に愛珠探求の道を選び、"果て"――つまり結界を越えてあの門へ至った者の魂はな。俺様が"法廷"って場所に連れていくことになってるんだよ。で、そこで下された沙汰と当人の希望次第ではあるんだが……基本的に、裁きを終えた魂は霊界って次元へ進んで、現実世界に転生するための準備に入るか、場合によっちゃアスターソウルのNPCに宿ったりするようになってる。これに関して、夕鈴ガールが後者を狙いに来てたのはほぼ確定的だと調べを付けた上で、俺様はあんたらと接触している。……捲し立てたが、ここまではいいか?》
「法廷……うぬら、そのようなことまで担っていたのか。ではもしや、ヴェリスやシムル、チャロも……」
《あ、誤解するなよ。あくまで今のは地獄や魔境を経由した魂が辿る転生の流れだ。端から霊界にいる奴らとは手順も担当も違うし、例外もある。まあ輪廻の円環にいるって意味だけ汲めば、同じことかもしれないけどな》
(輪廻転生……! ヴェリスの素性を聞いていた手前、別段疑っていたわけでもないが……まさか実在していたとは。たまげたわい)
《……ま、そんな"真実"はさておきだ。逆に考えると、ひとつ見えてくることがある。夕鈴ガールは俺様の上司にとって、アスターソウルに転生されると何かがまずい存在だった。状況から見て、これは間違いない》
「何か……とな?」
《おう。ぶっちゃけ仔細は俺様にもわかり兼ねる。ただはっきりしてるのは、上司が手ずからこの次元を送り込んだ二体の魔獣――そいつらは現在、天使や精霊の包囲網を突破しつつ、アスターソウルに向かってはざまを進行中ということだ》
「な、なんだと!?」
《奴らはいずれも魔境産、しかも上司の思惑を背負って使役された特殊個体。……向こうのプレイヤーで勝てるやつ、いると思うか?》
「!! ……なんということじゃ……」
ムンディの話が本当ならば、アスターソウルは未曾有の危機に陥るだろう。そして生まれる悲劇と黒。天災に関わる上位魔神が出張っている以上、その余波はいずれ現実世界にすら影響を及ぼすかもしれない。何としても対処しなければ。
《しかし幸い、さっき受けた報告ではまだ数日くらいは足止めできる算段が整っている。だからあんたらはその間に、可能な限り戦力を集めてなるべく被害を――人間たちの負の感情が爆発しないように尽力しろ。……ちなみに俺様たちは斥力の関係で、向こうの世界では武力行使ができない。だからノースト、今回は守護魔としての力を取り戻したお前が要だぞ》
「っ……心得た」
《んでガウラボーイ。あんたは夕鈴ガールのこと、そして俺様がいま話したことを急いで陽だまりの風へ伝えてくれ。……その結果あんたらがどういう結論を出したとしても、神々は決して咎めたりしないと俺様がここで保証しておく。だから焦らず、でも迅速に議論を頼むぜ》
「……合点承知!」
《あとな。この件、明らかに因果が不正操作された形跡も見つかってるんだ。もはや魔神とか誠神とか関係ないくらい、ヤバい事態が起きてるといっても過言じゃない。……俺様はあんたらが頑張っている隙に黒龍ってやつと打開策を用意するから、それまで何とか持ちこたえてくれ》
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