第189話 懐かしき
チャロたちが夕鈴について考察を進めていた頃。
椰々が手配してくれたホテルの一室で、まぶた越しに伝わる電気の光が急に眩しく感じられた佳果は、顔をしかめながらゆっくりと目を開けた。
(……ここは…………あー、零子さんが宿まで送ってくれたんだっけ……つーか俺、もしかして明かりつけっぱで寝てたのか? 服そのまんまだし、喉カラカラだわ)
寝ぼけ眼でミネラルウォーターを飲み、ふと部屋の時計を見る。針は午前二時をまわっていた。徐々に昼間の記憶が蘇ってきた彼は、思わず飛び起きる。
(……っておいおい! 部屋で少し休んだら、みんなであっちにインするって話になってたじゃねーか! マジかよ、まさか寝過ごしちまうなんて!)
慌てて楓也から借りていた携帯端末を手に取り、おそるおそるホームボタンを押す佳果。いわゆる鬼電の履歴があるのではと肝を冷やしつつ、画面を覗き込む。ところが予想に反し、そこには何の変哲もない、普通の待機画面が表示されていた。
(あれ、一件も来てねえぞ……? 見た感じ、別に壊れてるわけでもなさそうだが……ってうぉ!?)
瞬間、大きな音とともに、楓也と思われるIDからグループ通話の着信が入る。彼はひとつ深呼吸してから応答した。
「も、もしもし……楓也か?」
『あ、ごめん阿岸君!! ぼく、気づいたら寝ちゃってたみたいでさ……自分でも信じられないんだけど、たった今起きたばかりなんだ……!』
「へっ、お前も?」
『……え?』
お互いに疑問符を浮かべていると、続けて零子と椰々が乱入してくる。
『わぁ~~~皆様すみませ~~~ん! 家に戻って安心したら、なんだか急に意識が飛んじゃったようで……!』
『ごめんなさい! わたしったら大切な約束をすっぽかして寝落ちなんて……!』
『……ほえ?』
『え、えっと……?』
彼女たちも、やはり佳果たちと同じ反応を示していた。
「……あ~その、なんだ。とりあえず全員ギルティってことでよさそうだな」
◇
その後、四人は改めて、おのおの風呂などの支度を済ませたらアスターソウルで落ち合おうと取り決めるに至った。そして一番乗りでラムスにログインしたのは佳果である。昼間とは打って変わり、暗くひと気のない大通りには、虫がコロコロと鳴いていた。
(っと、この村だけは夜があるんだったな。……時間的にあいつらは夢の中か。めぐるの方は……さすがにもうログアウトしてるだろうな)
彼は夜風に吹かれながら、おもむろに静まり返った広場の中心部へ歩み寄る。
(――ラムスが解放されてから、もうどのくらい経ったっけか。……思えば宴の時も、箱舟の話をした時も。零子さんと腹割った時も、チャロとガウラを入れて会議した一昨日も。ここでみんなと言葉を交わす度、色んなことが起こって…………あれから俺たちは、うまく前に進めて来れたのかな)
感慨に耽るように満天の星空を見上げる。すると俄にノスタルジーが押し寄せてきて、今までの出来事がすべて遠い昔のことだったように感じられた。広がる無数の輝きに、佳果は目を細める。
「あら、おかえりなさい」
「え」
不意に、背後から聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。それはひどく耳に残っている声色で、心を撫でるような響きだった。佳果は振り向きざまに、思わずあり得ないことを口走ってしまう。
「母さ――」
「こんばんは、佳果くん。こんな夜中にログインするなんて珍しいわね」
「あ……」
そこに立っていたのはシムルの母、ナノだった。
手にミトンをはめて、土鍋を持っている。
「? ああこれ? シムルとヴェリスちゃんがね、何やら色々と頑張っているみたいだから……ふふっ、今から差し入れを持っていくつもりなんだけど、良かったらあなたも一緒にどうかしら?」
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