第186話 ぺこぺこ
(シムル、結果を出したんだ……! でもわたしはまだ……)
彼の覚醒を祝福するいっぽうで、自らの無変化に対する焦燥が入り混じるヴェリス。その機微を見抜いたシムルは、取ってきたお茶を彼女に渡すと明るい声色で励ました。
「大丈夫だぜ。明虎さんは、おれがこうなればお前も目的が果たせるって言ってたろ」
「え?」
「今のおれは、ウニョウニョとかキラキラは視えるけど……黒系のやばいものに関しては鈍感だ。この状態でお互いの光を重ねれば、きっとそっちもうまくいくはず」
「……!」
シムルの言葉に導かれ、ヴェリスは彼の瞳に焦点を合わせる。すると、そこに映し出された"月の視る世界"と共鳴が起こり、いつもとは異なる無の感覚がおとずれた。
それは夜の闇をさりげなく照らす月光のごとく、黒を暴き切らずして道標となり得る、どこまでも穏やかで叙情的な俯瞰。気づけば彼女は、超感覚制御の真髄に辿り着いていた。
◇
すっかり夜更けとなったラムス。消灯する家屋が増えるなか、煌々と明かりのついている離れの仮宿が一軒。
帰ってきたヴェリスとシムルが静かに出入り口の扉を開けると、案の定チャロが起きていた。彼女は昼間と同じポージングのまま、魔境のモニタリングを続けている。
「おや、戻りましたかお二人とも」
「こんばんは、チャロ」
「ただいまーっと……あれ、兄ちゃんたちはまだ来てないのか。んで姉ちゃんは……ん? もしかして、あれからずっと監視してたの!?」
「もちろんです。夕鈴の鍵を握る、とても大切な情報ですからね」
「け、けどさ……ちょっとくらい休まないと、身体に毒だと思うぜ?」
「? なぜ休む必要があるのでしょう?」
「……チャロ、鏡みて」
ヴェリスの言葉にハテナを浮かべつつも、彼女は鏡の前に立ってみた。そこには当然、見慣れた夕鈴の顔が映っているだけで――。
「!?」
「はぁ~、もしかして気づいてなかったの? 目のクマすごいし、顔色めっちゃ悪いじゃんか。さてはその様子だと、食事も禄にとってなかったんでしょ?」
「いや、その……だってわたしはAIでシンギュラリティ……寝る必要も食べる必要もないのがアイデンティティなのですよ? それはとても合理的かつ生産的な長所であり、……まあ確かにちょっと寂しい部分のある短所とも言えるかもしれませんが……あ」
謎の弁明を披露していると、彼女のお腹がぎゅるると情けない音をたてる。時間軸移行に伴い、自らの存在が変化していたことをすっかり忘れていたチャロは、自己管理を怠っていたという事実に直面し、両頬を手で覆って俄に紅潮する。しかしすぐに青い顔に逆戻りし、ふらふらと身体の均衡を失った。
「うう……おなかがぺこぺこです……あ、気づいたらめまいも……」
「ったくお前といいホント仕方ないなあ! ヴェリス、急いで布団を用意してやってくれ! おれは超特急で飯つくるから!」
「わかった!」
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