第184話 変人の望み
「あ、勝手に食った!」
「作りすぎたと聞こえましたが。余っているなら問題ないでしょう」
「しかも盗み聞きしてるし!」
「……ねえ明虎」
焚き火のゆらめきを見つめながら、割り入って彼の名を呼ぶヴェリス。
シムルと明虎は、同時に彼女のほうへ向き直った。
「ありがとう」
「……はて、なんの話ですか」
「一つ目は、遊園地でわたしを助けてくれたこと。二つ目は宿で黒にやられたとき、シムルとアーリアに祈りの光を教えてくれたこと。三つ目は、次元のはざまで佳果を助けてくれたこと。お礼をいう機会、今までなかったから」
「……また随分と古いネタを持ち出してきたものです。そんな些事、とうに忘れていたというのに……お陰であなたから対価を貰わなければ気が済まなくなってしまった。フフ、悪手を打ちましたねぇヴェリスさん」
(マジかこの人……)
心から誠意を伝えた少女を相手に、大人げない態度で見返りの要求を始める明虎。シムルがドン引きしているなか、ヴェリスは本心を探ろうと彼に超感覚を向けてみた。しかしそこには虚ろな何かが在るだけで、まったく読み取れる情報はない。観念する他なさそうだ。
「……いいよ。わたしにあげられるものなら、何でも」
「お、おいヴェリス、無理にこたえる必要なんて……!」
「では遠慮なくいただくとしましょうか」
そう言って彼はヴェリスの持っている木の器から魚肉を奪い、平らげてみせた。彼女とシムルは目をしぱしぱさせている。
「ふむ、やはり"万物のささやき"を正確に聞き分けているようですね。味付けまで素材の願いに沿っている。だから実に自然で、実に美味だ」
「あの、明虎さん……?」
「合格です。あなた方が望ましい方向に育ち、私は今とても気分が良い。対価はこれで十分、不足はありません」
彼は満足そうに食器を地面に置くと、おもむろにシムルの頭へ手をかざす。瞬間、辺りは柔らかな光に包まれた。
「! この光、あっちで佳果が使ってた……」
「れ、零気ってやつ!?」
「さて、愛のエネルギーが活性化したこの状態ならば、視えずとも感じられるはず。あらゆる物が発する固有の周波数。その先にある集合意識。それらの流れは押し並べてどこへ向かっていますか?」
「え? ……ええっと、空の上……かな? ……つまりこれ、さっきヴェリスが言ってた"世界の光"ってことだよな?」
「然り。しかしその波はやがて世界の光すらも超え、太陽の星魂へと伝播し、均された上で反射する。では反射した波がどこに向かうのか……そのまま天に意識を委ねて、探知してみてください」
「……意識を委ねる……」
言われるがまま、シムルは目を開けた状態で天を仰ぎ、大いなる流れの果てに意識を融け込ませた。すると明虎の問いに対する答えが、常に視界のなかに存在していたという真実に気づく。
「月……!」
「重畳。そして月の願いとは、太陽とともに世界を照らすこと。既に太陽を携えているあなたなら、その声を聞くなど造作もない」
明虎は零気を止め、ゆっくりと歩き出す。
そうして再び闇に塗れながら、去り際に言い残した。
「彼が"その境地"に至れば、ヴェリスさん。あなたも目的を果たせるはずです。それではごきげんよう、ご馳走様」
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