第182話 重き真相
――その後、刻宗に見送られて里を出立した三人は、現在パリヴィクシャの元へ訪れるべく、アビヒの森を抜けたところである。昌弥は森の外がどうなっているのかほとんど知らないらしく、キョロキョロと荒野を見渡しては、魔獣に襲われまいかと頻りにびくついている。
「……初の遠征で緊張しているのは理解できるが、吾が責任をもって守る。適度に肩のちからを抜くがよい」
「! はい、すみません……」
「ヌハハ、ノースト殿がいれば、きっと悪いようにはならんわい! わしらは気楽にゆこうぞ、昌弥殿!」
「……うぬはもう少し緊張感をもたぬか」
ため息まじりに苦言を呈するノーストだったが、その口元は少し緩んでいた。ガウラの寄せる全幅の信頼が伝わっているのだろう、軽口をたたける二人の間柄を見て、昌弥は少し羨ましく思った。
「ときに昌弥殿。わし、先の出来事について道すがら頭で整理していたんじゃが……儀式のこと、もう一度くわしく聞いてもよいかのう?」
「もちろんです。何でも聞いてください」
「助かるぞい。……まず、儀式の執行には里長殿と祠の存在が不可欠。よって基本は、あの隠れ里でのみ行われている秘術である。そうじゃったな?」
「はい。ですが、夕鈴さんと思われる魔物はあの映像の中において、たった一人でそれをやってのけていました。しかもその際に伴っていたのは黒ではなく白だった」
「……その理由はまだわからぬゆえ、ひとまず保留としたのが先刻の暫定的な結論だったな。で、問題は"全放出"により愛珠を生成した場合、当人が不可視の魂と化し、その場に留まる点か」
「どのような理屈なんじゃろうな……ノースト殿でも視えぬ魂魄が、魔獣に限定して捕捉できる状態になるというのは」
里を発つ前、刻宗が言っていた説明を思い出すガウラ。儀式を受けた者は、愛珠を出力した時点で魂だけの存在となり、魔獣以外に視えなくなるそうだ。そして魔獣はこれを餌と認識するため、見つけ次第喰らう習性を持っているのだとか。なお、咥えた瞬間は誰でも目視できるようになり、その魔獣が討伐されると魂は解放され、元の姿を取り戻す。これは実際に実演してもらったとおりである。
「……理屈はどうあれ、あの映像の後、夕鈴の魂は一度魔獣に喰われていると考えてよいだろう。その魔獣を屠ったのがトレチェイスなのかは定かでないが……最終的に二人は再会を果たし、そこから何かの目的をもって愛珠を集め、結界に向かっていた可能性が高いからな。ともすれば、里長ではないほうの賢者が絡んでいる線も浮上するか」
「……お二人から話を伺って、オレも概ね同じ推理をしていました。ただそうなると……夕鈴さんは……」
「……うむ。少なくとも、記憶を失っていることになるのう。ジェフィーラという、新たな名を得た代償として」
捨てた名と記憶を復活させる手段が存在するのかは、賢者である刻宗ですら知り得ていないという。この無情な事実に直面した時、佳果や楓也はどんな顔をするだろうか。せっかく重要な手かがりが掴めたところではあるのだが――二人は重苦しい空気を纏った。するとノーストが静かに目を伏せ、歩を進めながら言う。
「大丈夫だ」
「ノースト殿……?」
「あやつらは、これまでも幾度となく深い闇に呑まれている。しかしその度、むしろ輝きを増して邁進してきたのだ。……仮に転ぼうとも、ただでは起きぬ連中だろう? この件とて例外ではあるまい」
「……魔人のあなたがそこまで言うなんて……その佳果さんや陽だまりの風というのは、本当にすごい人たち、なんですね……」
「まあ直近は太陽まで持ち出しおって、暑苦しいことこの上ないがな。だのにこうした殺風景を見ていると、存外そういうのも悪くないと思えてくる。不思議なものよ」
「……? (太陽って、比喩か何かかな)」
「ちなみに当然、そこには零子も含まれているぞ」
「え……」
「……昌弥よ、無理強いするつもりはない。だがうぬが愛珠を集め、人間の姿に戻るには長い時を要するだろう。……もし先んじて顔を見せてやってもよいと思い直した場合は、吾らに相談せよ。今の零子ならば、真心ですべて受け止められるはずだ。もっとも、うぬが一方的に向こうへ映像を送るだけの体裁にはなってしまうだろうが」
「…………わかりました」
昌弥はノーストの言葉を心で反芻した。その横ではガウラが、両頬をバシッと手で叩き、覚悟を決めた表情になっている。
「よし。わしはあちらへ戻ったら、皆に夕鈴殿の"すべて"を伝えるぞい。そのためにも、今は昌弥殿を集落まで送り届け……」
「ああ、その後は結界へ向かうとしよう。楓也の救出が儀式として成立していたのであれば、夕鈴とトレチェイスの魂はまだそこにいるか、すでに魔獣に喰われたかのいずれかだ。その痕跡が見つかった時点で、捜索はいよいよ大詰めとなる」
◇
ここまでのガウラたちの動向を見守っていたチャロは、次々と明らかになってゆく真相に難しい顔をしていた。
(昌弥さんの異形化、夕鈴の記憶喪失……ノーストの言うとおり、陽だまりの風ならばきっと大丈夫でしょう。でもだからといって……ショックを受けないはずもありません。共に現実世界を生きたことのないわたしですら、こんなにも胸が張り裂けそうなのですから……)
深呼吸をして、窓越しにひとり、暗くなった外を眺めるチャロ。
勲章による佳果たちとの通信が途絶えたあと、彼女はしばらく狼狽するヴェリスとシムルを宥めていた。しかしそこへムンディから連絡が入り、彼らの無事が保証され、ひとまず落ち着きを取り戻したのが数時間前のこと。
ところがその際、上位魔神に関わる事態が発生していると聞き及んだ彼女たちは、今後いつなにが起こるかわからなくなった以上、上位誠神側である太陽神の示唆――つまり星魂を導くという主目的を、いっそう迅速に、着実に進めていかねばならないと痛感したのだった。ヴェリスたちは逸る気持ちを抑えきれず、現在は再び山ごもりの修行に出かけている。
(あちらの四人はそろそろ宿に着いた頃合いでしょうか。すると、もうすぐこちらへログインしてくるかもしれませんね。……さて、どのタイミングで打ち明けたものか)
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