第11話 あわせ鏡
「い、いまの悲鳴は……!」
「この奥だ、行くぞ」
「うん!」
湖畔を取り囲む、深い森のなかを走り抜ける。草や枯れ枝をかき分けながら進んでゆくと、少しひらけた場所へ出た。そこには一人のやせた男がうずくまり、ガタガタと震えていた。
「おい! 大丈夫か!」
「一体なにがありましたの!?」
「うぅ……腕を……折られた……痛ぇよぉお……」
男の右腕があらぬ方向へ曲がっている。肝を冷やす光景に楓也はたじろいだが、佳果は即座に男の背中をさすり、「いまアーリアさんがなんとかしてくれる! もう少しの間だけ辛抱しろよ!」と励ました。
それを見て我に返った楓也は、回復魔法を発動させるアーリアに目配せしてうなずくと、急いで湖のほうへと駆け出す。
まもなく治癒は成功し、脂汗でぐっしょり服を濡らした男はありがとう、ありがとうとお礼を繰り返した。戻ってきた楓也は彼に水筒を手渡して、ゆっくり飲むようにうながす。
「ゴクッ……ゴクッ……ぷはぁ、本当に助かった。腕を治してくれただけでなく、湖の霊水まで汲んできてくれて……おかげで心もだいぶ落ち着いたよ」
「よかった、何よりです!」
「……なあ、あんた襲われたんだろ。何にやられた?」
「それは…………こどもだ」
「こ、こどもぉ?」
「ああ。ここから少し行ったところに廃村がある。俺は元々そこの住人で、今日はむかし置き忘れてしまった道具を探しにきていたところでな」
「なるほど」
「廃墟にひとり、飢えたこどもが住みついてたんだ。あの様子じゃ、歳は10もいってないだろうな……俺はなんだか不憫に思って、食料を少し分けてやったんだが。その後、探してた物が見つかったんで帰ろうと歩いていたら……」
「そのこどもに、襲われてしまったんですわね」
「そうだ。あいつ、細いのに尋常じゃない力だったな……残りの食料も全部うばわれちまったよ」
男はトホホと肩を落としたが、同時に「あいつも必死だったんだろう。責めないでやってくれ」と言って立ち上がった。彼は一文無しでろくにお礼ができないことを、心底すまなそうに何度も謝りながら森のなかへと去っていった。
「アーリアさん。今のはプレイヤーか?」
「いえ、このゲームは16歳未満の魂でプレイすることはできません。襲ってきた相手がこどもだったのなら、これはNPC間で起きた事件と考えるべきでしょう」
「……ってことはNPC同士でも、プレイヤー同士みたく痛覚が働くもんなのか」
「え? ああ……さっきの光景を見てしまうと、確かにそんな感じがするよね。でも彼らはプログラム上の存在なわけだし、実際に痛いのかは微妙なところだけど……」
「――それってつまりよ。痛い可能性もあるってことだよな」
「佳果さん……?」
佳果はどっかりとその場にあぐらをかき、両手のひらを後ろの地面に押し付けて空を仰いだ。彼の澄んだ瞳が、浮かんでいる雲を鮮明にとらえる。
「俺、思うんだよ。他人の痛みって、そいつにしかわからねーものだろ?」
「…………」
「実際にそいつが感じている痛みを、俺は感じることができねぇ。できんのは、想像することだけだ」
(阿岸君……)
「今の人がNPCでもプレイヤーでもよ。……っつーよか、人であろうが動物であろうが、機械であろうがよ。そいつが痛ぇって感じたなら、それがすべてなんじゃねーかって考えちまうんだ」
「…………うん」
「生きてても死んでても、たぶん痛ぇもんは痛ぇ。なら俺はその痛みを想像して、そいつを助けてやりてぇ。じゃなきゃ俺自身、抗ってきた理不尽と同じことになっちまうからな」
はかなげに目を細め、佳果はふぅと深呼吸する。
そうしてバチっと自分の頬を叩くと、彼は二人に言った。
「わりぃ、イベント探しは一旦中止だ」
「……こどもを探すんだね? 阿岸君」
「おう。人様ボコってでも、生きることにかじりついている奴の痛み……想像するだけで死にたくなるが、放っておくわけにはいかねぇだろ」
「ふふっ、佳果さんのそういうところ、わたくしは尊敬しておりますわ。誠心誠意おともさせていただきます!」
「もちろん、ぼくもトコトン付き合うよ! 行こう!」
こうして一行は、くだんの廃村を目指して歩き始めた。
佳果は人知れず、心のなかでつぶやく。
(すまねぇ夕鈴、少し遠回りするぜ。……って、お前ならそうしないほうが怒るよな。――んじゃちょっくらぶっ飛ばしてくるわ、不可抗力の痛みってやつをよ!)
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※16歳未満のくだりについて補足ですが、
楓也は高校生に上がるまでこのゲームを
数年寝かせていたということになります。
彼のプレイ歴は約1年です。