第181話 実演
「儀式……もしや先刻、昌弥殿が教えてくれた"新しい名を得る"というやつかのう?」
「ええ。ですがあれは里長の支援がなければ誰にもできないはずなのに……」
「……議論は少し待て。まだ映像が続いているぞ」
ノーストの声に引き戻され、ガウラと昌弥は再び鏡を覗いた。
人間の姿になり意識と傷が回復したトレチェイスは、慌てて飛び起きると周囲を確認している。しかし付近には先ほど刺し違えた魔獣が横たわるばかりで、他には誰も見当たらない。彼はその状況が"あり得ない"と言わんばかりに、何かを――おそらく夕鈴をしばらく捜し回っている様子だった。ところが、やがて自らの胸に手を当てると、急にそのまま膝から崩れ落ちて泣き叫ぶ。
そして次の瞬間、今度は彼自身が愛珠を生成して、まるで天に捧げるかの如くそれを両手で包み込み、掲げ、平伏し始めた。すると再びリザードマンの見た目に戻るトレチェイスだったが、その後、特に何かが起きることはなかった。残った愛珠を抱え、トボトボと現場から去ってゆく彼が画面外へと消えたタイミングで、映像は途切れている。
「むう。音声が聞こえぬ以上、いかんせん憶測になってしまうが……彼は夕鈴殿がいなくなった原因は愛珠にあるとみて、目下彼女を取り戻すべくその場で生成し直してみた……そんなところじゃろうか?」
「吾も同じ見解だ。だがこの時点でトレチェイスは夕鈴を発見できぬまま立ち去っている。にもかかわらず、楓也と遭遇した際は二人とも揃っていたという――里長、今しがたの映像はいつ頃のものだ?」
「一年以上前の記録になるな」
「……であれば俄然、儀式の仔細について問い質さねばなるまい。愛の全放出とやらに加え、身体の喪失、およびそれを取り戻す方法。うぬは知っているのだろう?」
真剣な眼差しで刻宗を射すくめるノースト。状況を理解したガウラも「秘術の類ならば申し訳ないが……断じて口外はせぬと約束いたすゆえ、どうか!」と言って頭を下げる。刻宗は一瞬だけ考える素振りを見せたが、ほぼ即答で承諾してくれた。
「……相わかった。丁度、本日付けで儀式を執り行う予定の者がいる。百聞は一見にしかず。このまま実演させていただこう」
◇
小さな祠の前で、刻宗と里の者が向かい合っている。
刻宗の言葉を合図に、儀式が始まった。
「汝、今この時を以って過去生の未練を絶ち切り、永久の混沌に塗れ、抗う意志を貫き、瀉血によって魂を雪ぎ、清め、救い、救われんと欲すか」
「……はい」
「……そなたの意志、この里長が確と聞き届けた。だが彼の道は決して"果て"には通じておらぬ。飽くなき研鑽の末、観の目を得る本懐を見失うことなかれ。……貴殿の羽化を、某も里の仲間も……そして来訪者殿たちも、みな等しく祈っている」
「ありがとうございます」
「では迷わず放つがよい。その感謝、すべて受け止めよう」
そこまで問答すると、刻宗と祠が黒いオーラに覆われ、里の者から放たれるエネルギーを全て吸引し、大きな愛珠を生成した。伴って、里の者は映像で見た夕鈴と同じく、忽然と姿を消す。
「さて、出番だぞ」
刻宗が近くで鎖に繋がれていた小型の魔獣を解放する。魔獣はクンクンと地面を嗅ぎながら先ほど里の者が居た場所まで行くと、大きく口を開けてバクリと何かを食べる動作をした。刹那、青白い炎のようなものが魔獣によって咀嚼され、飲み込まれてゆくのがわかる。その光景を唖然と眺めていたガウラたちだったが、直後、彼はさらに驚きの行動に出た。
「御免」
剣で魔獣を斬り捨てる刻宗。この一連の流れにどのような意味があるのかとガウラやノーストが勘ぐっているさなか、なんと倒れた魔獣から先ほどの青白い炎が宙に浮かび上がり、里の者へと姿が戻ってゆくではないか。
「!?」「ぬ」
「……これで儀式は完了しました。あの方は生前のことを忘れて、新しい名を手に入れたのです。今日からは魔珠を求めて、闘争に明け暮れる日々が始まるでしょう」
「…………」
昌弥の言葉に、複雑な顔をするガウラ。
――だがここは魔境だ。少なくとも、裏技を駆使して入ってきた"イレギュラー"である人間の自分が、修羅の道をゆく意義、名を捨てた本人の心奥など、正確に推し量ることなどできないだろう。ガウラは首を振って我に返り、気持ちを切り替えた。いま大事なのは、この儀式が夕鈴失踪の核心に触れたという事実なのだから。
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