第180話 全放出
「ではノースト殿にガウラ殿、昌弥をよろしくお頼み申す」
刻宗が頭を下げる。本来、自らの進む道を決断し里を出ることになった者は、事前準備として最低限の戦闘訓練を受けねばならない。なぜなら魔珠にしろ愛珠にしろ、それらを得るためにはまず、敵対する魔物たちの拠点まで辿り着く必要があるからだ。その道中には無差別に襲いかかってくる魔獣が存在するゆえ、彼らに対処できる力がなければ、そもそもスタートラインにすら立てないのである。
ただし、たとえ訓練を受けた者であろうとも、ひ弱な人間上がりの魔物が実際に敵陣に至れるケースは稀だ。加えて、奇跡的に至れた場合も、そこで魔物たちに迎撃されてしまえば犬死となる。
――こうした熾烈な生存競争を強いられる点も、今まで昌弥が尻込みしていた大きな理由のひとつだった。しかし絶対的な戦力を持ち、縦横に繋がりのあるノーストからパーティ勧誘があった今、風向きは大きく変わったといえる。彼は刻宗の頼みを快く引き受けた。
「ああ。では差し当たり、吾のよき理解者が取り仕切っているリザードマンの集落まで護衛するとしよう。あそこならば、うぬに対して偏見をもつ者はおらぬ。到着次第、存分に愛珠獲得へ励むとよい」
「あ、ありがとうございます、ノーストさん……!」
「すると、このままパリヴィクシャ殿のところに戻るのじゃな?」
「そのつもりだ。しかしその前に……吾らが遠征してきた目的も果たさねばな。里長よ、例の二名について何か知らぬか? 森を監視している以上、情報が皆無ということもあるまい」
「……夕鈴殿なる人間と、トレチェイスなる魔物の動向か。某の記憶が正しければ、過去に人間の姿をした者が現れたことはなかったが……ちなみに、夕鈴殿の境遇は?」
「地獄を経てこの地に至った、人間上がりの魂に該当する」
「ふむ……ならば例に漏れず、そちらは当初魔物の姿でこの森に入った可能性が高いな。して、トレチェイスのほうは魔神由来の?」
「然り。出身はこれから吾らが向かう集落、種族はリザードマンだ」
「――そうなると、ひとつだけ心当たりがある」
「! まことか里長殿!」
一筋の光明に昂ぶるガウラ。刻宗は小さく頷くと、「どうぞこちらへ来られたし」と言って室の外に出た。ノーストと昌弥もその後を追う。
◇
"透視鏡"の前までやってきた四人。
刻宗の操作によって、過去の映像が鏡のなかで再生され始める。そこには小柄なリザードマンが、森の内部で魔獣と戦っている場面が映っていた。彼にパリヴィクシャの面影をみたガウラは、思わずノーストを見遣る。
「これは……もしかしてトレチェイス殿ではないかのう!?」
「おそらくな。そしてすぐ近くにいるのは……」
戦闘中のトレチェイスと魔獣、そのすぐ後ろに昌弥と同じような姿をした魔物がへたり込んでいる。魔物は腰が抜けて立ち上がれないのか、両者の死合いを震えながら見守っていた。昌弥は三者の動きを見て、冷静に分析する。
「……なんだか、トレチェイスさんが魔物を庇っているように見えませんか?」
「! 言われてみると、確かにそうじゃな」
「……庇われているほうが夕鈴だと仮定して……どういう経緯だ?」
「申し訳ないが、何故かこれより前の記録は残っていなくてな。諸々、続きを見て判断していただくしかない」
彼の言葉に微かな違和感を覚えつつも、一同は引き続き鏡を凝視して顛末を見届けた。するとトレチェイスが魔獣とほぼ相討ちになり、地面に倒れ込む。危篤となった彼に、這いずりながら近寄る夕鈴。彼女は懸命に介抱を試みるが、傷が深く助からないと悟ったのか、やがて両手を組んで祈りのポーズをとった。
瞬間、大きな光が生じて巨大な愛珠が生成され、トレチェイスのなかへと入り込む。同時に彼の姿が人間へと変貌し、物凄い勢いで傷が癒えてゆくいっぽう。夕鈴は身体ごと、忽然と消え失せてしまった。その光景にガウラとノーストが目を剥いているさなか、二人とはまた違った意味で、昌弥は驚愕の表情を浮かべる。
「!? 里長、今のって……!」
「うむ。愛の全放出――夕鈴殿はこの時、たった一人で儀式を完遂したとみられる」
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