第178話 二者択一
道順をすべて記憶しているのか、刻宗と名乗った魔物は複雑に入り組んだ森の迷路を淀みなく進み、二人を先導した。やがて、絡まる木々によってできた天然の袋小路に着くと、彼は陣を使い、何かの魔法を行使する。
刹那、まるで静止画の編集で"切り取り"を行ったかのごとく、目の前の光景が整然とした長方形にカットされ、まったく別の場所へと繋がった。驚くガウラの傍で、ノーストも興味深そうにしている。
「今のは……この座標における物質情報を改ざんしたのか? さてはうぬ、古代魔法の使い手だな」
「おお、その慧眼……流石に魔人殿は年季が違うようで。いかにも、某の十八番は古代魔法。もっとも今しがたの『境滅結鬼』に関しては、里の者ならば全員が修めている基本中の基本に過ぎぬがな」
「な、なんじゃそれ!? カッコイイぞい!」
にわかに目をキラキラさせるガウラと、得意げに右手の親指と人差し指で顎を挟む刻宗。彼らを交互に一瞥したノーストと昌弥は、肩をすくめて苦笑した。
◇
そして一行は案の定、住民たちから怪訝な視線を集めつつも、導かれるまま刻宗の室に入った。どかっと座布団に腰をおろす彼は、「そなたらも適当に掛けてくれ」と寛ぐよう指示する。ひとまず落ち着いたところで、ノーストが切り出した。
「で、うぬはなぜ己の一存で吾らを招き入れたのだ? たとえ里長の権限を有していようとも、このような独断をすれば徒に不信感を募らせるばかりだろう」
「……此度、そなたらを呼び立てた理由はただ一つ。昌弥の生前を知る人物だったからに他ならぬ」
「オ、オレの……? 里長、それはいったい……」
「お前がここに来てから、もう随分と長い時が経ったな。しかし未だ名を捨てるでもなく、かといって愛を集めるでもなく――お前は停滞を選び、燻り続けている。何か大切なものを抱えているにもかかわらず、二の足を踏むその姿に……某は常々、憐憫の情を禁じ得なかったのだ。どうにか力になれぬものかと、陰で模索していた」
「!」
「そんなお前が珍しく"透視鏡"を覗いているかと思えば……こそこそと一人で外へ出てゆくではないか。これを黙って見過ごすほど、某は薄情な里長ではない」
透視鏡というのは、里の中心部に設置されている謂わばアビヒの森の監視システムらしい。要するに、昌弥はそこでノースト達の存在に気づき、跡をつけてきたようだ。そしてその後ろには、さらに刻宗がステルスで尾行していた次第である。
「むう、何やら色々と事情がおありのようじゃが……とどのつまり、里長殿は彼が殻を破るため、日頃から機を窺っていたと?」
「そういうことだ。普段、昌弥は全くと言っていいほど他者へ心の内を見せぬゆえ、本意を計りかねていたのだが……そなたらとの会話を聞いてよく理解できた。お前は今すぐにでも、ここを発つべきだろう」
「なっ……なぜですか里長! オレは別に、このままでも……!」
「己の胸に聞いてみよ。お前がノースト殿たちを見つけ、居ても立っても居られなくなったその理由を」
「そ、それは……」
俯く昌弥。ガウラはいまいち話が見えてこなかったが、いっぽうノーストは何かを察したようである。
「なるほど。昌弥、うぬは愛を集めたいのか」
「っ……」
「しかしそれを実行するには、良くも悪くも、自らをこの次元に拉致した魔と同じ、忌むべき狢どもを相手取らなければならない。だから逡巡している……そうなのだな?」
「…………」
「? ノースト殿、どういうことじゃ」
「順を追って説明する。まず魔境を生きる者たちは、先に解説した勢力などに関係なく、総じて二つの道を進む選択肢が与えられている。一つは果てなき闘争の修羅道を征くこと、もう一つは愛を獲得する長き茨道を歩むこと」
いわく、この世界では敵対している魔物を倒すと相手のエネルギーを強制的に魔珠化して、奪うことができるそうだ。これを摂り続ければ、おのずと戦闘能力が上がってゆくため、強者による搾取にも抗えるようになり、生活水準が向上して安泰を迎えるらしい。これが前者の道である。
逆に、敵対している魔物から感謝の念を引き出した場合は、愛珠を譲ってもらえることがある。こちらは摂っても戦闘能力に変化は起きないものの、蓄積量が多くなるほど外見が人間の姿へ近づいてゆき、精神的な充足感を得られるのだとか。
「大多数は前者を選ぶ。なぜなら後者は高い危険性を孕むわりに、得られる利益が些末で労力に見合わぬと思われているからだ」
「些末……愛珠を集めるメリットは他に、何か無いのかのう?」
「……一般的には殆ど知られておらぬが、実は相応の量を集めると例の結界を通れるようになる。知ってのとおり、結界の先には次元のはざまへ繋がる門があり――そこへ至れば魔神の沙汰次第で、この魔境からの脱出が叶う可能性がある。者によっては、それが最大のメリットといえるだろうな」
「!? すると、もしや夕鈴殿や昌弥殿は……」
「然り。両者の本懐はアスターソウルへの進出だ」
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