第177話 隠れ里
「! その名は……!」
「……これも因果か」
「? もしかして……オレのこと知ってるんですか……?」
意味ありげな態度の二人に対し、狐につままれたように尋ねる昌弥。異形と成り果てたその姿に、ノーストは遺憾と哀悼、そして称賛の意を込めて返答する。
「昌弥よ。不当な逆境に立たされながらも、よくぞ吾らへと逢着した。うぬが守った零子は……今も懸命に生き、その無念を晴らさんと躍起になっているぞ」
「!?」
昌弥の心に青天の霹靂が轟く。硬直する彼の肩をポンと叩いたノーストは、そのまま横を素通りして、元居た休憩スペースへと向かった。
「あちらでゆっくり話すとしよう。お互い、知るべき情報が山積しているしな」
◇
ひょんなことから焚き火を囲む運びとなった三名。彼らはノーストが獲ってきた魔獣の串焼きを食べつつ、情報交換をおこなった。
「そう、だったんですか……零子はオレを捜して……」
「今頃わしらの仲間とともに、貴殿の痕跡を辿っているはずじゃ。しかしまさか、その本人とこうして出くわすことになるとはのう……本当ならばすぐログアウトして、皆に知らせてやりたいところなんじゃが……」
「ありがとうございます、ガウラさん。でもお察しのとおり……零子にこの姿を見せるのは正直、抵抗があります。あの子はつよいけど……それ以上に優しいから。知ればきっと、呵責の幻影に取り憑かれてしまう」
「……」
ノーストは沈黙した。どうやら自分たちのよく知る零子と、昌弥のなかで時を止めている彼女の間には前向きな齟齬があるらしい。彼は少し間をおいて、静かに呟く。
「……あの娘の光は、今や燦然としているのだがな。そのような杞憂など、容易く霞ませるほどに」
「え……?」
「いや、捨て置け。それで――うぬは地獄にいた時の記憶がないのだな?」
「は、はい。大穴から出てきたこと自体は薄っすらと覚えているんですけど……気がついたらオレはこの姿になっていて。わけもわからないまま関所を通されたかと思ったら、この森へ放り出されていたんです。魔獣や魔物が虎視眈々と狙ってくる、この殺伐とした死の森へ……」
(……なんと無慈悲な)
彼の境遇を慮り、ガウラが拳を握りしめる。右も左も分からぬ状態でこの地を彷徨い、数多の苦難を強いられる理不尽な運命。最愛の人を守り抜いた一人の英雄が辿る末路として、それはあまりに過酷で歪な悲劇だった。
「だが……うぬは何者にも淘汰されることなく、こうして在り続けている。魔獣や魔物、魔人の区別がついているところからも推量できるが……少なからず、志をともにする協力者がいるのだろう?」
「え、ええ……オレと同じ姿をした魔物が集う、隠れ里があります。オレは早い段階でそこの里長に拾われたから、ここまで何とかやってこれました」
「ほほう、ノースト殿が言っていた"独自のコミュニティ"というやつかのう。その隠れ里は、この近くに?」
「……申し訳ありません。森のなかにあるのは確かですが、詳しい位置はお教えできないんです。零子の話を聞いた手前、個人的にはお二人を信用しているんですけど……他のみんなは違うでしょうから」
「それもそうじゃな。不躾な質問をしてすまなかった」
「……とはいえ、そこにいる連中は全員が元人間の魂であり、この森の事情にも精通しているはず。夕鈴やトレチェイスについて何か知っている可能性も高い以上、現状これより相応しい目星が他にないのも事実だ。なんとか協力を仰ぎたいところだが」
「? ちなみにその夕鈴さんや、トレチェイスさんというのは……?」
「吾らが追っている人間と魔物の名だ。夕鈴のほうはガウラと同じく、人間の姿を保っていたという。過去にそうした者を目撃した覚えはないか?」
「人間の姿……いえ、記憶にないですね。でも里長なら何か知ってるかも……そうだ、ならオレがみんなに話を聞いてきますよ。お二人はこのまま暫く待っていてください。魔人のノーストさんがいるなら、戦力的には大丈夫ですよね?」
「ああ、心配要らぬ。では手数を掛けるが、よろしく頼めるか」
「わかりました、さっそく行ってき――」
「その必要はない」
不意に、視界の端で魔物が出現する。気配皆無で登場したその者は、驚愕する全員に向かって「話は聞かせてもらった」と言い放ち、自己紹介を始めた。
「昌弥のいう里長とは某のことだ。名は周治刻宗と申す。そなたらを、我らが里へと案内させていただこう」
魔境の魔獣は、倒すだけでは蒸発しないため
食べたり道具の素材に利用されたりしています。
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