第175話 朧
「魔獣……アスターソウルにおいては、人々の負の感情から発生している存在と聞いておるぞい。確かおぬしらは"尊厳"の有無で識別しているのじゃったな」
「然り。だがこの地の魔獣は当然、人間でなく魔物のそれを源泉とする。尊厳を持たぬのはいずれも同じだが……魔境のほうが相対的に凶悪な個体が多い。また向こうとは違って己以外の全てを破壊の対象とするため、吾らが懐柔することも叶わぬ。もし遭遇した場合は、即刻死合いだ」
「ぬう……するとこの世界は、実質的に人間上がりの出獄者を除いて三竦みの如き様相を呈しているわけじゃな」
「ああ。もっとも、人間上がりとて縄張りを侵されれば知略を巡らせ、ステルスで殲滅行動に出るといった苛烈さを発揮するケースもある。……うぬはそのような殺伐とした次元の土を踏みしめているのだと、ゆめゆめ忘れるなよ」
「肝に銘じておこう。ま、わしにはノースト殿という規格外のボディガードが付いとるがのう」
「それも今に限った話だ。いずれは己の力のみで、いかなる相手にも動じぬ高みまで這い上がってもらう。手酷く鍛えるつもりゆえ、覚悟しておけよ」
「やれやれ、とんだ鬼教師もいたものじゃ……」
「ふっ。いつか頂に手が届いた暁には、吾に挑んでくるがよい。越えられぬ壁として立ちはだかってやるぞ」
「! ヌハハ、そりゃ楽しみじゃわい! わし、こう見えて現実世界ではプロゲーマーを下すことを生き甲斐にしとった時期もあるんじゃ。さながら全身がコントローラーの本作――トコトンやり込んで、貴殿を下してみせようぞ!」
不敵にキラリと目を輝かせるガウラ。途中から何を言っているのかよくわからなかったが、彼のなかに眠れる獅子がいるのは理解できた。自分も楽しみだ――ノーストはまた一つ、生きる喜びを得たことで自然と笑みが零れている事実に驚く。
(……此奴らの光の前には、呪われた宿命も朧となるか。うぬが見ていたら、さぞかし囃し立てたのだろうな。……あれからまことに多くの変化があった。近々、墓参りに行って詳しく報告してやるとしよう)
かつて失った恩人を想い浮かべるノースト。彼は軽くなった心に幾ばくかの痛みを感じつつ、朗らかに意気込む老人を横目に歩を進めた。
◇
「道中は枯れ木ばかりじゃったのに、ずいぶん鬱蒼としているのう」
アビヒの森へ入った二人は、毒々しい色の葉をつけた木々を見上げている。縦横無尽に伸びているそれらは、天然の迷路を形作っていた。
(トレチェイス殿はこんな場所に一人で……?)
(パリヴィクシャの話によれば、奴は戦闘能力に秀でているわけではなかったようだ。それが無謀にも、敵の懐に飛び込んだ動機……よもや……)
考え込む彼らは、周囲を警戒しつつ手がかりを捜索する。途中、ガウラが頻りに後方を気にし始めた。ノーストが小声で問う。
「どうした」
「視線を感じる」
「視線? ……吾には何も感じられぬが、確かか」
「間違いない。しかしノースト殿が感知できないとなると……これは敵意の類とは異なるのやもしれぬな。どれ、ここはひとつ誘き寄せてみるか!?」
「……うぬ、なぜ浮き立っている?」
「クク、バレてしまったか。いやぁ、わしこういう緊張感に憧れていたんじゃよ」
「……まったく、肝に銘じると言ったばかりの身空で嘆かわしい。だがまあ、馬鹿正直に進んでいるだけでは埒が明かぬのも事実。よかろう、少し開けた場所を見つけたら、小休止するふりをして油断をさそうぞ」
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