第173話 愛のたま
「弟だと?」
「はい。あれとは同時期にここで発生しましたゆえ」
「……だがアスターソウル内には派遣されていなかったはず。となると、ムンディの抜擢からは免れていたわけか」
「そうなりますね。そのあたりの基準はとんと解りませぬが……して、弟をお探しの理由は如何に?」
「うむ、実はな」
ノーストが経緯を説明する。パリヴィクシャは静かに彼の話を聞いていたが、途中から顰めっ面になり、何かを思案している様子だった。
「――以上が大まかな事情だ」
「……あれが人間と行動を共にしていたとは」
「従って、吾らは其奴との面会を所望する次第。手間をかけるが、取り次ぎを願えるだろうか」
「……それなのですがノースト様。我がここへ帰還した際……トレチェイスは既に行方をくらました後だったのです」
「なに?」
「若い衆が言うには、かなり前にふらっと出ていったきり戻って来ていないそうで。この地において便り無しは死と同義ですから、我はてっきりどこぞで野垂れ死んでいるものとばかり考えておりましたが……」
「むう、つまりパリヴィクシャ殿もまた、彼の居所を掴めていないわけじゃな」
「面目ない。……ただ今の話を伺った上で俯瞰すると、副首長が証言していた内容が俄然気がかりとなってまいります。丁度いま、その件で集会を開いている頃合いなのですが」
「ああ、先ほど一瞬だけ顔を出したぞ。といっても、うぬの所在を確認してすぐに立ち退いたのだが……そういうことならば、改めて話を聞きにゆくとするか。ではパリヴィクシャ、協力に感謝する。身体を冷やしてすまぬな、これからも存分に励め」
謝罪し、踵を返すノースト。だがパリヴィクシャは「お待ちを」と引き止めた。
「どうした?」
「……たいへん不甲斐ないのですが、副首長らは頭でっかちなきらいがありまして。議論を重ねるうち、話があらぬ方向へ進むことが往々にしてございます。反って混乱を招くやもしれぬゆえ……僭越ながら、よろしければ我がご説明をと存じます」
「……ふっ。うぬはなぜ出席していないのかと思えば、そのような背景があろうとはな」
「も、申し訳ありませぬ……すべては自分の至らなさが原因で……」
「よい。魂というものはそれぞれ進捗が異なれば、得手不得手もある。その理のなかで互いが等身大に生きるため、適切な距離を保ち、自らに相応しい在りかたで役割に臨むのは決して恥ずべき行為ではない。……今まで通り、うぬらはうぬらの流儀を貫いてこの魔境を処世してみせよ」
「! ありがとうございます、ノースト様」
(……フフ、さすがはノースト殿。しかしこの器量を肌で感じる度、わしは貴殿に大きな光を垣間見て止まないのじゃが……佳果達から又聞きした話によれば、魔物や魔人である彼らの魂において、魔の比率は70%を下回ることがないという。ふむ、例の魔神にまみえる機会があれば、そこのところ詳しく尋ねてみるとしようかのう)
ガウラが感心と関心を示すなか、パリヴィクシャは続けた。
「では早速、証言の内容についてですが……姿を消す数日前、弟は妙なことを吹聴して回っていたというのです」
「妙なこと?」
「ええ。なんでも『これでおれっちは愛に困らない』などと言っていたそうで」
(愛に困らない……)
「何人かは、あれが実際に巨大な愛珠を持っているのを見たらしく……いかんせん出来の悪い弟でしたから、自力で獲得したとは考えづらいですね」
「? ノースト殿、アイシュとは?」
「先刻、吾が生成したエネルギー塊の正式名称だ。ちなみにもう一方を魔珠と呼ぶのだが……愛珠に関しては、感情が発達している者ほど良質で大きな個体を生成しやすい。それが人間である夕鈴から渡されたものだとすれば、諸々の辻褄は合う。おそらく失踪の理由もそこに関係しているのだろう。なにせ楓也が両名を発見したのは結界付近だからな」
「仰るとおりかと」
(……?)
訝しがるガウラをよそに、さらにパリヴィクシャは言った。
「幸い、トレチェイスがどこで愛珠を得たのかは把握しています。ここから数里南下した先にある、地獄の関所付近――"アビヒの森"です」
セリフが多めの回になりました。
※お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかなと思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!