第172話 寸志
「着いたぞ」
魔境を探索中のノーストとガウラは、"候補"であるリザードマンの集落に到着した。岩山の所々に洞穴が空いており、彼らはここを塒として暮らしているらしい。外には焚き火を使って料理をする者、それを美味しそうに頬張る者――片や、槍を持って訓練する者、集会を開いている者なども散見される。みな生き生きと活動し、コミュニケーションを取り合っている。
「ほ~……なんだか感動するのう」
「感動? なぜだ」
「わしら人間は基本的に、言葉で意思疎通を図り、文化を築けるような知的生命体を自分たち以外に知らぬのよ。佳果から聞いたが、彼ら魔物は感情を持ち、思考し、あまつさえその魂に愛を有しておる存在なのじゃろう? ……異次元にこうした同胞の営みがあったと直に知ることができて、わしは己が見ていた世界がぐんと広がり、明るくなったような気がするんじゃ。ヌハハ、昂ぶってきたわい!」
(……この昏き地で、顔を綻ばす理由がそれとはな。吾がうぬのような視点を見出したのは、つい先日のことだというのに)
「さあノースト殿、さっそく聞き込み調査と参ろうぞ!」
「……ああ。だがうぬが先行するとややこしい。吾の後に続け」
そう言って彼は、つかつかと集会の行われている場所へ歩み寄った。
「むむ……? あ、あなたはノースト様ではありませんか!」
「久しいな。なに、邪魔立てするつもりはない。取り急ぎ首長がどこに居るかだけ述べよ」
「……どうやら訳ありのご様子ですな。パリヴィクシャ様なら、今は修練場に」
「そうか。ご苦労」
ノーストは何かの丸薬と思しき品を即座に二つ生成すると、礼としてテーブルへ置き、早々にその場を離れた。後ろに追従するガウラは当然リザードマンたちから奇異な目で見送られたが、あまり気にすることもなく興味津々で質問する。
「今の、丸い白黒はなんじゃ?」
「平たくいえば愛と魔力の塊だ。この地において、魔物は食事の他にああしたエネルギー塊を摂取して生きている。本来は奴ら自身の力で集めるべきものだが、ここの者どもは日頃からそれなりに働いているからな。ほんの寸志だ」
「なるほどのう(こちらにも色々とルールがあるようじゃな)」
そして二人は、そのまま修練場と呼ばれている場所へ至った。とりわけ硬そうな黒い岩に連続攻撃を繰り出し、汗を輝かせている者がいる。
「はぁ……はぁ…………ん? ノースト様、如何されましたか? 後ろにいるのは……人間のようですが」
「精が出るなパリヴィクシャ。此奴はガウラ、陽だまりの風の一員だ」
「お初にお目にかかる、ご紹介に預かったガウラじゃ! 以後、見知りおきを」
「陽だまりの……? うむ、我はパリヴィクシャと申す。その節は世話になった」
彼は布で汗を拭き取ると右手を差し出し、ガッチリと握手を交わした。
「忝ない。じゃが自分はその件、特に役立ってはおらんからのう。ギルドの皆には貴殿がそう言っていたと伝えておくが、わしに対して恩義を感じる必要はないぞい」
「また妙ちくりんな人間が出てきたものだ……そうか、あの佳果なる人間が"門番の試練"を凌ぐ心を得るため、根回しした者が現実世界にいるとは聞いていたが――察するに、貴様のことのようだな。ならばたとえ仲間の手柄だとしても、謙遜する必要はなかろう。胸を張るといい」
「! ……ヌハハ、まこと忝ない」
ガウラがとても嬉しそうに笑う。
彼らの挨拶を見届けると、ノーストは本題に入った。
「してパリヴィクシャ。うぬはトレチェイスという名に心当たりはないか?」
「!? ノースト様、なぜその名を」
(おお、もしや初っ端から……?)
「訳は後に話す。知っている情報があるなら教えてくれ」
「知っているも何も……トレチェイスは、我が弟です」
当時は名前が出ていませんでしたが、
パリヴィクシャの初出は第74話~第75話です。
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