第10話 真心バトル
佳果のユニークな持論を信じるべきかは微妙なところだが、アーリアも楓也も、彼が徳に欠ける人間だとは思っていなかった。さしあたり、アスタリスクは条件を満たしているものと仮定し、三人はイベントの発生を求め各所をめぐることに決めた。
そして現在、一行はとある湖畔を探索中である。歓談しながら進んでいると、アーリアがおもむろに疑問を呈した。
「そういえば……あの情報屋は、どうして見返りを求めなかったのでしょう」
「ん? そりゃちょっと違うと思うぜ、アーリアさん」
「違う、といいますと?」
「あいつは知ること自体を生きがいにしてやがる。俺らの行動はいずれ、あいつの好奇心を満たすことになるんだ」
「つまり……先行投資だったと? 確かに、わたくし達は亡くなった人が生きている世界への移行という、夢のような現実を目指しているわけですものね」
「ああ。とはいえ、まだそこまでは掴んでねぇって口ぶりだったけどな」
「でも、予想できるとも言ってたよね。……こうしている今も、どこかでぼくらを見張ってたりして」
個人情報をすっぱ抜くような技量のある情報屋の網が、どこまで広がっているのかはわからない。茂みや空を見回して警戒を強める二人に対し、佳果は伸びをしながら気だるそうに言った。
「まあ、見張ってるにしろ別にほっときゃよくねーか? あいつは知りたいだけで、知った情報を使って悪意バラまくようなタイプじゃねーし」
「あら、なぜそうだとわかりますの?」
「モノホンの悪意がある奴ってのは、たとえ交渉事だろうが人前には出てこねぇからだ。それに無理やり引きずり出したとしても、クソみてぇな嘘ばかり吐いてうんざりするぜ?」
「…………」
いつものと同じトーンで悪態をつく佳果。
アーリアにはそれが、かえって彼の過去を彷彿とさせるようで忍びなかった。
「それによ、あいつ言ってたろ? このゲームの本質ってやつ」
「……ええ。突き詰めてみれば、善行しろと言われたようなものでしたわよね」
「正直どの口が、とも思っちゃうけど……ぼくもあの人に世話になったのは一度や二度じゃないからね。阿岸君のいうこと、なんとなくわかる気がするよ」
「ま、うぜー奴はうぜー奴なりに扱っちまえってだけの話だ。俺らはブレずに、前だけ向いて走ってりゃいい。……楓也とアーリアさんがいりゃ、俺はきっと道を間違えることもねーだろうしな」
ニカッとぎこちなく笑う佳果を見て、アーリアは思う。今回の一件で、彼に人の機微を見抜ける慧眼が備わっているのは十分に理解できた。そんな彼が、自分を選ばなければ後悔すると言ってくれたこと。そして今、さり気なく絶対の信頼を言葉にしてくれたこと。その意味を改めて受け止めた彼女は、じわりとあたたかいものが心をつたってゆくのを感じた。
「……なんだか、佳果さんには驚かされてばかりですわね。よーし、わたくしも負けていられません!」
タタタ、とドレスを揺らしながらアーリアが小走りで二人の前へと躍り出る。
彼女は振り返ると、最初に出会ったときと同じ、両手を腰に当てたポーズで高らかに宣言した。
「わたくしアーリアは、お二人に会えたことを一生の誇りに思います!」
「は、なんだよ突然っ!?」
(わぁ、アーリアさんすっかり感化されてる……)
「だって、この溢れ出る気持ちは伝えられずにいられないんですもの! お二人と過ごすようになってから、わたくしはいつもドキドキとワクワクでいっぱいです! 楽しくて、この時間がとても愛おしくてたまりません!」
「……えへへ、まあぼくも実はそうなんですけどね」
「おい、楓也まで……」
「この先どんなことがあっても、わたくしはお二人のことを全力でお守りします。だからお二人も、わたくしをそばに置くこと……どうかお許しいただけませんか?」
「……だぁ! 俺らはパーティなんだから、ったりめぇだろそんなの! 今さらわかりきったこと聞いてんじゃねーよ!」
「! ありがとうございます……!」
「ぼくも、阿岸君とアーリアさんが大好きです! だから、これからもよろしくお願いしますね!!」
「はい、よろしくお願いします、楓也ちゃん♡」
二人は満面の笑みで、それぞれ佳果の右手と左手に自分の手を繋いだ。
「や゛め゛ろ゛ぉ゛お゛お゛」
恥ずかしさで身悶えする彼の叫びが、湖畔に響き渡る――その中に、誰か別の悲鳴が混じっていると三人が気づいたのは、そのすぐ後のことだった。
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