第169話 神気
鬼気迫る声色で何かを復唱している零子は、さらに小型のナイフで手の皮膚を浅く切って、血液を紙の上に垂らした。すると周囲に舞っていた粒子の偽装が解け、橙色が黒色へと変化する。彼女は確かな手応えを感じつつ、続けて水晶玉を手に持った。そこへ白い札を貼りつけたところで、魔神が反応を示す。
《占術に真言、魔術、陰陽術、神符……如何なる奥の手かと思えば、そのような出鱈目の式を構築するとは笑止千万。お前の未熟な封印など、我に通用――》
「するはずもない、ですか? なら身をもって確かめてみてください。これはこの五年間……色んな人の助力を得ながら、あたしが魂を削って導き出した"解"です。悪しきエネルギーの捕縛に特化した複合の式、あなたには覿面のはず」
《!?》
瞬間、黒の霧が五芒星に向かって途轍もない勢いで吸い寄せられてゆく。佳果はその面妖な光景に既視感を覚えた。何故なら、かつて彼自身の魂の光を龍神が反転させた際に生じた、あのブラックホールを彷彿としたからだ。
(すげぇ……! 零子さん、ガチの霊能者だったのか!)
「さあ。このまま全部、星のなかに囚われちゃってください!」
《小癪な……お前の利用している力など、所詮は烏合の衆による半端な霊質に過ぎぬ。山の神を取り込んだ我とは格が違うぞ》
「!?」
にわかに狼狽する零子に、佳果は固唾を呑んで問う。
「な、なんかまずいのか!?」
「っ……山の神は、やおよろずの神のなかでも上位の力を持つと言われています。あたしの用意した式だって十分強力な自信はありますけど……こうなると、どこまで競り合えるか正直わかりません」
「!」
彼女の勇姿に魅せられどこか優勢と錯覚していたが、依然として窮地に立たされている事実は変わらぬようだ。しかし神々にも格があるとして、ならば自分たちと縁の深い太陽神はどうなのだろう。佳果は彼の神が、時間軸移行を起こせるほど途方もない存在だと知っている。
(……そうだ! チャロの言ってた神気ってやつを、この場でどうにか活用できりゃ……!)
彼は機転を利かせ、直感的に零子の展開している式のなかで唯一、神と関係がありそうな水晶に貼られている札に手を触れた。そしてゾーン中の"均一化"と同じ要領で、視えぬ生命エネルギーを操って流し込むようなイメージをする。瞬間、佳果の周囲が仄かに輝き、ブラックホールの吸引力がさらに増した。
《ぐ……お前、その波動は……!》
「よ、佳果さん!? なんですか今の!」
「自分でもよくわからねぇ! だが、もう集中切れちまってる俺にできんなら、みんなにだってできるはずだ! だから楓也に椰々さんも……相当キツイみてぇだが、見よう見まねでいい! 歯ぁ食いしばって加勢してくれや!」
「ゲホッ……わ、わかった……!」
「! 承知しました!」
全員が彼の指示に従って札に手を重ね、エネルギーの流れを想像し、式の出力を上げてゆく。すると周囲の粒子がすべて五芒星へと消え、刹那、本体と思しき黒い霧が顕現した。
《おのれ……よもや太陽神の守護を携えているとはな。だが正体がわかれば恐れるに足りぬ。刮目せよ》
魔神は自らが内包している山の神としての光を放った。するとブラックホールによる吸い込みが止まり、佳果たちは強烈な立ち眩みに襲われる。
(こ、こいつ……そっちのエネルギーも使いやがるのか……!)
《さて、これで雌雄は決した。いま闇に送ってやろう》
《いいや、そりゃ俺様のセリフだぜ》
「え……」
朦朧とする意識のなかで、零子は視界にとらえる。
そこにはアロハシャツに短パンの人型骸骨――ムンディが立っていた。
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