第168話 死線
「!!」
突如たちこめた霧にたじろぐ一同。その粒子は薄い橙色をしており、一見すると美しく、仄かに良い香りがして心地よかった。だがこのタイミングで起きた不可思議な現象に、先ほど響きわたった謎の声、そして振り返った佳果のただならぬ表情――三人が状況を理解し始めると同時に、彼は言った。
「楓也の調子が悪かったのも、ウーやあいつらとの接続を強制的に切りやがったのも……てめぇの仕業だな? 一応確認するが、いったい何者だ)
《答える義理はない。しかし、協力者どもを遮断すれば始末できると踏んでいたが……お前、人の身でなぜ光を飛ばせる?》
「知らねーよ。つか俺にも答える筋合いねぇだろが。ダチに手を出しやがって、太ぇ野郎だな」
《……無礼者め。その罪、死で贖ってもらうぞ。無論お前たちの次は協力者どもだ。間抜けにも我が逆探知に貢献したこと、せいぜい悔いながら逝くといい》
「っ……!?」
今しがたの応酬で、この存在がそうであると全員が直感した。佳果は脂汗をかいて思考を巡らせる。ウーからもらった愛のエネルギーは、先のあぶり出しで枯渇してしまった。干渉力の弱まっているチャロからの救援は当然、期待できない。つまりこの場には、生身の人間が四人いるだけなのだ。
楓也は魂に介入された影響なのかうずくまり、椰々は不自然なほど茫然自失で立ち尽くし、零子は小刻みに震えおののいている。対する相手は、自身の在りかたすら偽装できるほど、悪辣かつ超越的な黒――この窮地を打開できる方法があるのかはわからないが、今はたとえ付け焼き刃であったとしても、何か浮かぶまで時間を稼がなくては。佳果は咄嗟に悪態をついて言葉を引き出す。
「……やたらと高慢ちきのようだが、実体もねぇくせに、どうやって俺らを殺るつもりだよ」
《愚問。この霧で意識を奪い、獣や毒の手合に襲わせるもよし。嵐を起こし、雷撃を浴びせるもよし。帰路についた時点で、あの鉄塊ごと風で煽り絶壁から転落させるもよし。手段など無数にある》
「か、風……? じゃあやっぱり、あなたはあの時、あたしの手を弾いた……昌弥を引きずり込んだ……!?」
《……哀れな娘よ。あの時は男のほうだけで見逃してやったというのに、わざわざ舞い戻った挙げ句、無謀にも我に楯突くとは》
「っ……! ……!!」
零子は涙を浮かべつつも、キッと凛々しい表情を浮かべた。その瞳には猛る勇気の炎が灯っている。彼女が荷物から取り出したのは、五芒星の描かれた大きな紙だった。
「! 零子さん、なんだそれ!」
「もしかしたらこんな日が来るかもしれない……そう思って、ずっと取っておいた切り札です! 今からこれを使って、あたしがあれの捕縛を試みます!」
「捕縛!? できるのかよそんなこと!?」
「わかりません。でもそうすれば、またウーちゃんやチャロさんと繋がってなんとかなるかもしれない。他に手立てもないですし、やるしかありません!」
《ほう、面白い。足掻いてみせよ》
悠然と煽る魔神を見据え、意を決した零子は聞き慣れぬ言語を唱えはじめた。
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