第167話 知らぬ気配
黙祷を終えた一行は、佳果がゾーンに入るまでの間、暫しその場で待機していた。付近の空気を乱したくないという本人の意向により、少し離れた場所で奥義を発動した彼は、およそ10分程度で皆のもとへ帰還する。
「わりぃ! 慣れない環境で少し手間取ったが、なんとか入ってきたわ」
「ありがとうございます、佳果さん! はいこれ」
零子がタオルを手渡す。脳内物質の影響で既に呼吸は整っているようだが、直前まで過度な運動負荷をかけていたのだろう、すっかり汗だくになった佳果は「サンキュー」と言ってそれを受け取ると、首より上をボフボフと拭きまくった。
「じゃ、集中が切れないうちに零気を使うとするぜ」
タオルを首に巻き、改めて慰霊碑の前に立つ佳果。そして東使組の時と同じく、彼は目を閉じてウーに強く呼びかけた。
(……ウー! 俺だ、阿岸佳果だ! 今、昌弥さんが亡くなった場所にみんなで来てる。聞こえたら返事をくれ!)
『――おっ、これはヨッちゃんの信号だね! 聞こえてるよ~』
(! よし、今回も無事に繋がったようだな。そいじゃウー、急かすようですまねぇんだが……さっそく探ってみてくんねーか? 今日はあの時みたく、変な料理のバフがなくてよ。あまり悠長にしてる時間がなさそうなんだ)
『おっけー!』
ウーが愛のエネルギーを送り、佳果の身体が輝き始める。楓也以外の面々にとって零気を目の当たりにするのは、これが初めての機会だ。その神々しいゆらめきは、相対する全ての者へ深い安らぎと、とめどない希望を与えた。
気がつくと、なぜか涙が溢れている事実に驚く零子。そんな彼女の肩にそっと手を置く椰々も、超自然的な光の美しさに目を奪われていた。いっぽう勲章越しに事態を見守っていたヴェリスとシムルは、それぞれの尺度でこの現象を測っている。
(あの輝き……なんとなく、さっき集合意識の流れで感じたものと似ているな)
("世界の光"と同じあったかさだ……佳果すごい!)
二人の心を読んでいるチャロもまた反応を示した。
(これが零気……ロジックについては理解していますが、霊感がないシンギュラリティのわたしには、絶対に真似できない高等技術ですね。しかし今回、阿岸佳果を支援しているのはあの時ムンディの横にいたウーと呼ばれる粒子精霊でしたか。そしてその後ろ盾には黒龍の存在――ふむ)
人知れず彼女が勘ぐっているさなか、佳果とウーは引き続き交信を続けている。
(どうだ? なんかわかったか?)
『今、零気を通して山全体を透視したところだよ。……うん、どうやらレイちゃんの見立ては正しかったようだね。高次の奥魔による痕跡がたくさん残ってる』
(! 魔神ってやつか……ムンディとは別口の)
『そそ。で、マーちゃんの魂だけど、やっぱりここにはもういないみたいだ』
(っつーことは、前にお前が言ってた別の次元に?)
『たぶんね。……もう少しだけ頑張れる? そのあたりの足取りも含めて、いま痕跡伝いで詳しく視てあげ――』
(……ん? ウー、どうした。…………おい、ウー?)
不意に交信が途絶える。同時に、急に心が波立ってゆくのを感じる佳果。次の瞬間、強烈な悪寒が全身を襲った。
(こいつは……)
ゾーン状態の今だからこそ、振り返らずともわかることがある。すぐそばで自分を見守っている三人のなかに、知らぬ気配が混じっているのだ。
「……楓也」
「? どうかした? 阿岸君」
「そのままじっとしてろよ」
佳果は微動だにせず、零気で纏った愛のエネルギーを直感だけで操り、後方にいる楓也へ向けて放出する。光に包まれた彼は、自らの魂における奥魔の領域から、何か得体の知れないものが飛び出してくるのを感じた。
《小僧……我を捉えたな?》
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