第165話 閑寂
「すっげぇ道だな」
舗装されておらず、ガードレールのない細い山道。佳果たち四人は、昌弥が転落してしまったという地点へ向かって現在、四輪駆動の車で山の中を走っている。バックミラー越しに後部座席で物珍しそうな顔をしている彼を確認した零子は、ハンドルを握りながら言った。
「佳果さん、こういう場所へ来るのは初めてですか?」
「んにゃ、山自体は何度も行ったことあるんだけどよ。うち車が無かったからさ……こんな風に落ちてる枝バキバキ折って進むの、なんつーか新感覚なんだわ」
「なるほど~。じゃあこれもある種、一つの人生経験ですね!」
「ああ、けっこう楽しませてもらってるぜ。……しかし零子さん、よくこんなギリギリの幅で上手く走れんなぁ? しかもマニュアル車なんだろ?」
「うふふ、運転慣れしていらっしゃってカッコいいですよね! 危ないところは的確に徐行して避けてくださいますし……零子ちゃんなら安心して命を預けられます」
「! またまた、お姉さまはすぐそうやって人を絆すんですから! あまり油断していると、変な虫とか寄ってきちゃいますよ~?」
「まあ、それはこわいですね……毒を持っていたりしたら大変ですし、ちゃんと気をつけるようにします!」
「へっ? あ、はい、気をつけましょう!」
(……椰々さんド天然かよ)
「…………」
「あん? どうしたお前、なんか顔色わるくねーか」
ここまで一言も喋っていない楓也を見遣る佳果。すると彼は申し訳なさそうに苦笑して返答した。
「ぼ、ぼくちょっと酔っちゃったかも……」
「あらあら、大変!」
「! わかりました、一旦ここで停めて、休憩を取りましょう」
「うう、すみません~……」
若干ふくらんでいる路肩に駐車し、零子は酔い止めの薬を楓也に手渡す。彼はゴクリと水でそれを飲み干すと、窓を開けて外の空気を吸い、気分を落ち着かせた。
「ありがとうございます。別に三半規管が弱いわけではないはずなんですけど、なんだか今日は調子がよくないみたいで……」
「気にしないでください! 楓也さんが回復したら、残りの道はもっとゆっくり走るようにしますね。……といっても、車での移動はまもなく終わりなんですけど」
「お、もうそんなとこまで来てたのか。その先は徒歩で向かうんだったよな?」
「はい、30分も歩けば到着しますよ。……ちなみに、あれが例の吊り橋です」
下車し、少し遠くの上方を指さす零子。そこには今もなお、落橋せずに残っている長い湾曲が見て取れた。こうして本物を目の当たりにすると、あそこで二人の命運が分かれたのだという実感が急激に強まってくる。閑寂のなか、神妙な面持ちで佇む彼女を、椰々は後ろから優しく抱きしめた。
「あ……」
「わたしたちがついています。……きっと大丈夫です」
「そうだぜ。俺とウーが、絶対に昌弥さんの足取りを掴んでみせるからよ。あんたが前へ進めるように……俺たちも、一緒にその道を歩いていけるように」
「ぼ、ぼくもできることがあればなんでも協力します! こんな体たらくじゃ、説得力皆無かもしれませんけどね……はは……」
ひとり車に残っている楓也が、窓から顔を出してそう言った。三人は顔を見合わせると、和んだ空気に思わず破顔する。
(感謝いたします、皆様。……あれから本当に色々あったけど……昌弥、あたしここまで戻ってこれたよ。もしもまだ、あなたを苦しめているものが在るなら――お日様みたいな彼らとともに、きっと祓ってみせるから。どうかもう少しだけ待っててね)
お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかなと思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!