第164話 探索と探求
(ここが魔境……なるほど。如何にも、といった禍々しさじゃな)
固有スキルの恩恵を利用し、無事ノーストの転位魔法で魔境へと至ったガウラ。彼の視界には、どこまでも殺風景で彩度の低い世界が広がっていた。空気は淀み、見上げれば黒雲がひしめく、血のような色をした空が続いている。
「どうした。さっそく怖気づいたか?」
「……前人未踏の暗黒世界。ま、畏怖の念がないと言えば嘘になるじゃろうが……正直、それ以上にワクワクしとるぞい!」
「ほう。別段、虚勢というわけでもなさそうだな」
「無論! わしはいま自分にしか揮えぬ能力を以って、大切な友から託された使命を全うせんと、最初の一歩を踏み出したのじゃ。これに勝る喜びは他になかろうて」
「……ふっ、見込みどおりの気骨で重畳だ。では参るぞ。まずは最寄りの集落を目指す」
「承知した!」
会議でノーストが思い当たった"候補"とは、いずれも魔物たちの住んでいる集落のことだった。夕鈴と行動を共にしていたというトレチェイスなる魔物。それはこの地において、かなり特徴的な響きを持った名前らしい。つまり彼の故郷である可能性が高い集落を回っていけば、何らかの手がかりに辿り着く確率が上がる寸法だ。
「しかしすまぬのう。おぬしだけならば、もっと迅速に動けるじゃろうに」
歩みを進めつつガウラが詫びる。魔境では、人間は魔法による支援を受けることができない。なぜなら魔に由来するちからを纏ってしまうと、魂の光が弱まって自我と人間性が徐々に失われてゆくからである。よって彼は現在、純粋な敏捷性で移動しているのだが――元々あまり数値が高くないため、ちっともスピードが出ないのだ。
「構わぬ。……これまで目撃情報がない以上、おそらく夕鈴とやらは隠密に動いているはず。吾が先行したところで、容易に尻尾を見せるとは思えぬしな。だが人間のうぬがいれば話は変わってくるだろう。異邦の地で突如同郷が現れたのを知れば、向こうから接触してくる可能性も大いにある」
「……そう言ってもらえると気が紛れるわい。かたじけない」
「よい。それに今頃あの小娘も、うぬの魂を通じてこちらの様子を窺っているのではないか? そのパイプ役を熟しているだけでも上出来といえよう」
「おお、すっかり忘れておった! わし自身に視られている実感はないんじゃが……何かしら、役に立てているといいのう!」
◇
「あ、ガウラとノーストだ!」
「姉ちゃん、いま二人が歩いている場所が魔境なの?」
空間投影の映像に、シムルとヴェリスが釘付けになっている。
「ええ。わたしも結界外を視るのは初めてですが――なるほど、魔のエネルギーで満たされている。神性の高い存在が近づけないのも納得ですね」
「斥力……だっけ? ちなみにじーちゃんは本当に大丈夫なの?」
「ええ、SSⅨの光といえど、人間の段階にある魂ならば悪影響はないでしょう」
さらっと明かされたガウラのSSに、驚いた表情でヴェリスを見るシムル。しかし彼女はすでに察していたようで、「やっぱりそうだったんだ」と微笑んだ。
「あ、そうか。ヴェリスはきらきらって感覚でわかるんだったな」
「うん。ガウラ、すごくいい人」
「……へへ、お前がいうなら間違いない」
そう言って、彼に対し二人が信頼の眼差しを向けるさなか。
チャロは先のシムルの質問について反芻していた。
(そう、ガウラさんは魔法を受けさえしなければ魔物化の危険はない。でも……たとえ地獄で禊を完了しているにせよ、夕鈴は依然として、魂に濃い穢れを残した状態で動いていたはず。それなのに、もぷ太さんは『人間の姿のままでした』と説明していた。……いったい、彼女の身に何が起きているというの?)
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