第162話 しゃべる実
「自然、万物、太陽…………ん~~~」
ラムス近くの山中。大自然に囲まれ座禅を組んでいるシムルは、チャロの言っていた"周波数"の理解にすこぶる難儀し、頭痛を起こして唸っていた。なお、すぐ傍にいるヴェリスは超感覚制御の時間を延ばすべく集中状態を維持しており、彼の声は耳に入っていないようだ。
(まず、自然に認められる魂ってなんだ? チャロ姉ちゃんはおれなら大丈夫って言ってくれてたけど……あ、そういえば)
ふと、そのとき彼女が言っていたセリフをもう一つ思い出す。
(『対話を繰り返してきたあなた』……確かそう言ってたっけ。対話……対話ねえ)
おもむろに立ち上がり、近くの茂みに生えている小さな赤い実をもぎとるシムル。この草果物はラムノンと呼ばれ、甘酸っぱくて美味なだけでなく、鎮痛効果もあるため村で重宝されている良薬だ。彼自身も幾度となく世話になっていて、症状に合わせた適切な摂取量、効果の持続時間、副作用などについても熟知している。
「……お前と散々対話してきたのは間違いないよな。身体を通してだけど」
ラズベリーのようなそれを指でつまみ、目の前に持ってきて品質を確かめてみる。つやつやとしていて粒が大きく、虫食いもない良質な個体。これなら今の頭痛にもよく効きそうだ。
(にしてもキレイだなあ)
食べるのがもったいないくらいの美しさ――これほど状態の良いものは滅多に採れないゆえ、彼はしばらく感心するように実を眺めていた。すると不意に、どこからともなく声が聞こえてくる。
『おい、あんま見つめんなよ! 照れるじゃねェか!』
「!?」
跳ねる心臓を押さえ、臨戦態勢に入る。しかし周囲を警戒するも、人や魔獣の気配はない。ヴェリスも変わらぬ調子で佇んでおり、特に発言した様子はなかった。
(あれ? 今、たしかに声が……)
『なーに素っ頓狂かましてんだァ? オイラだよオイラ! ってかここ狭ェぞ! はやく出してくれ!』
「…………? …………ッ!?」
まさかとは思ったが、シムルは咄嗟にポケットへしまったラムノンを取り出してみる。すると実から放たれる生命エネルギーの周波数に乗って、念話が届いていると判明した。
『おー、やっぱ新鮮な空気が一番だなァ』
「え、なにこれ……夢……?」
『てやんでィ! おまえさんが話しかけてきたんだろ!』
(話しかけてきたって……もしかしてさっきの独り言のこと?)
『……まあいいさ。んでおまえさん、こうしてモイダからにはよォ、オイラを食うつもりなんだよなァ?』
「あ、ああ……食べてちょっと頭痛抑えようかなとは思ってるけど」
『おっそうかァ! ならオイラも本望だぜ!』
「??」
少し間を置いて、ラムノンは語りだした。
『オイラな、ずーっと誰かの糧になりてェって思ってたのよ。でもどうせ食われんだったら、イイ奴に食われたいだろ!? それが人情ってなもんだ!』
(人情……?)
『で、おまえさんみてェなキラッキラした奴の健康維持に一役買えんならよォ! オイラも生えた甲斐があるじゃねェか! つーわけで……さァ存分に食え!』
「ちょ、ちょっと待ってくれ! おれ、お前が話すとこ初めて見たんだけどさ」
『あァ!? おまえさんとオイラが喋ったのはこれが初めてなんだから当たりめェだろ!』
「いやそういう意味じゃなくて……なんで急に聞こえるようになったんだろうって」
『……よくわからねェけど、オイラたちはおまえさんぐらい輝いてる奴じゃねェと、自分の"役割"を伝えることができねェんだ。まあ正しくは、オイラたちが伝えているわけじゃなくておまえさんがそう感じ取ってるだけなんだろうがなァ』
(輝いてる……うーん、エリアⅧへの移動が関係しているのかな。でも感じ取ってるだけって一体……)
『なんにせよ、おまえさんのおかげでオイラは幸せの絶頂で終われそうだぜ……さ、今度こそ食えよ。オイラの新鮮さが失われないうちに』
「ラムノン……」
なぜだろう。シムルはここで"なんとなく"ラムノンを食べてしまったら後悔する気がした。正直いま何が起こっているかわからないし、このようなとりとめのない異常事態、真面目に捉えるのは無駄、というか滑稽かもしれない。だが――。
(ぱくっ)
シムルは本心に従って誠心誠意、魂のこもった「いただきます」と同時に実を口の中へ放り込んだ。刹那、ラムノンと己の周波数が混じり合って循環する。するとその共鳴の向こう側に、何か途轍もなく大きな流れがあるように感じられた。
「これ……ひょっとして……」
そこに瞬間移動のヒントを垣間見たらしいシムルは、群生しているラムノンたちに向かって両手を組むと、深々と頭を下げて感謝の祈りを捧げた。
そんな彼の背中を、集中状態が解けたヴェリスがじっと見つめている。
(シムル、なにやってるんだろう)
なんだか独特な回になりました。
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