第161話 日進月歩
「うへぇ、ド平日だってのにやっぱ混んでやがんな~空港ってのは」
「熱気もすごいね……まだまだ夏って感じがするよ」
三泊を終えた佳果と楓也は早朝、めぐると別れて成田空港までやってきた。このあと九州へのフライトを控えている彼らは現在、指定の集合場所にて待機中である。
時間軸移行の影響で現実世界はすでに仲秋を迎えたが、照りつける日差しと高い湿度によって厳しい残暑が続いている。汗を拭って二人が水分補給していると、不意に少し遠くのほうから聞き慣れた声がした。
「あ、佳果さーん! 楓也ちゃーん!」
顔を上げると、垢抜けた格好の麗しき女性が近づいてくる。ウェーブのかかったアッシュブラウンのロングヘア、光の反射で瑠璃色に見える大きな瞳に、カールアップした長いまつ毛。整った小顔に見合う、華奢でありつつも引き締まったボディライン。アーリアこと知京椰々は、輝くばかりの笑顔で彼らに手を振った。
(!? あれアーリアさんだよな?)
(た、たぶん……!? わわわ、芸能人みたいな人が来ちゃった……どうしよう、ぼく急に緊張してきたよ!)
(ま、まあ落ち着けって。どんなにマブかろうがアーリアさんはアーリアさんだ)
と言いつつドギマギする佳果の前に、椰々が到着する。彼女は二人の照れた顔を交互に見ると、眉をハの字にしてスンと小さく鼻をならし、じわりと涙を浮かべた。
「……うう」
「お、おいアーリアさん……!?」
「どうしたんですか……!?」
「ぐすっ……うふふ、ごめんなさい。なんだか感極まってしまって……こうしてお二人に会えたこと、本当に嬉しく思っております」
「……!」「あ……」
佳果と楓也が既視感を覚える。そういえば依帖の事件のあと、最初のログイン時に彼女が心配して泣いてくれた一幕があった。今とあの時で状況は異なるが――それでも、この純真で優しい表情は紛うことなきアーリアだという確信が、二人の心を安堵で満たしてゆく。瞬間、強張っていた身体からふっと力が抜けた。
「……かか、俺らも会えて嬉しいぜアーリアさん。っと、現実でニックネームはちっと恥ずいか?」
「いえいえそんなことは! んー、でもそうですね。場所によっては実名が無難なときもあるでしょうし……ふふっ、今さら変な感じですけど、ここで改めて自己紹介でもしておきましょうか。わたしは知京椰々、陽だまりの風のアーリアです!」
「ぼ、ぼくは青波楓也です! 陽だまりの風のもぷ太です! ……で、こっちが」
「阿岸佳果だ。…………っすー、陽だまりの風でも佳果だが?」
彼が息を吸い込みながらそう言うと、楓也と椰々はなぜだか無性に面白くなってぷっと吹き出した。「んだよ別におかしかねーだろ~?」と本人もつられ笑いをするなか、空港内に入場のアナウンスが鳴り響く。そろそろ出発の時刻だ。
◇
「よし、小休止にするぞ」
「ぜぇ……ぜぇ……スパルタじゃなノースト殿は……」
いっぽうその頃。
ガウラは昨日に引き続き、ノーストの手引きでレベリングに勤しんでいた。今しがた倒した魔獣でレベルが30に到達したところだが、普通であれば数日から一週間以上かけて稼ぐはずの経験値を、わずか一日で集めた代償は大きかった。
現実と違って筋肉が攣ったり動かなくなることはないものの、身体を酷使した影響で耐え難い疲労感が彼のメンタルを襲い、もはや立ち上がる気力も残っていない。大の字でステータス画面を見つめながら寝転がる彼に、ノーストは言った。
「ふっ、うぬの魂が"まだやれる"と勇むゆえ、最高効率で修練を積ませたまでよ」
「……ヌハハ、言葉がなくとも意思が伝わるとは恐れ入ったわい。チャロ殿もしかり、魂が視られるというのは便利な技術じゃなあ」
「存外そうでもないぞ。無差別に本質が明け透けで視えるというのは、その相手を碌に理解しないまま勝手なレッテルを貼る行為に等しいからな」
「ふむ? しかし本質がわかるならば、理解もできる道理ではないのかのう?」
「それは違う。魂をもつ者は総じて、様々な感情に翻弄されながらも日進月歩を続けている。……たとえ本質が視えようが視えまいが、そこに秘められた開花の可能性は誰にもわからぬことなのだ。しかるに、わからぬものを"理解した"と錯覚する危険性をはらむこの能力は所詮、当てにはできぬ気休めの指標。まあその輝きならば、うぬも十分に弁えているところではあろうがな」
ノーストがガウラのSS項目を見つめている。
そこには《SS-Ⅸ(*)》という表示があった。
「……くく、やはりおぬしとは気が合いそうじゃ」
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