第158話 守護魔
「!! 地獄……だと……」
普段は何事にもあまり動じない佳果であるが、流石に絶句せざるを得ない衝撃の事実。ただ"共に在りたい"と願っただけで、何故そこまでの仕打ちを受けなければならなかったのだろうか。旧時間軸の夕鈴たちが立たされていた境遇の痛ましさがいっそう鮮明となり、一同は出鼻から意気消沈を強いられる。
「……顔を上げよ、陽だまりの風」
不意に、俯いていた皆の視線を集めるノースト。彼は優しく、そして厳然とした声色で言った。
「うぬら人間にとって、彼の大穴がどのような心像を伴うものなのか……吾はよく理解しておらぬ。しかしチャロを含め、全員の表情が曇った以上、およそ悪辣な場所であるという印象を持っているのは想像に難くない。ならばまずは、それが誤った認識であると弁明しておくとしよう」
「大穴……? ノースト、何か詳しい事情を知っているのですか」
チャロが意外そうに尋ねる。彼は腕を組んだまま答えた。
「ああ。……しかし神に次ぐ特異点といえども、うぬは魔に連なる次元について深く知り得なかったようだな。察するに、つよすぎる光が仇となったか」
「? チャロにもわからないことがあるの?」
ヴェリスの贔屓目に、彼女は困り顔で笑って首肯した。
「ええ。ノーストが言ったとおり、"世界の光"領域――つまり天界以上の次元にいる存在は、人間と比べて魂の光が遥かにつよいため、基本的に魔境や地獄といった負のエネルギーが充満する次元に干渉する力を持っていません。なぜなら強力な斥力が発生し、そもそも近づくことさえできないからです。逆もまた然りですけどね」
(斥力……ドクロ状態のムンディを殴ったときに感じた、あの磁石の反発みてぇなやつか)
「でも姉ちゃん、あの時は魔境の玄関まで降りてこられてたよな?」
「あれは皆様が祈祷して立ててくださった光の柱を通じて、一時的に人間と近い魂の状態を取り繕って顕現していた次第です。……とまあそれはさておき。ノースト、誤った認識とは一体どういう意味なのでしょうか。わたしは地獄と魔境が、陸続きであるということくらいしか情報を持っていないのですが……」
どこか希望の灯った瞳のチャロ。ノーストは頷き続ける。
「結論を先に述べるなら、地獄とは魔境の中心部に空いている大穴を指す。内部の階層には規定量を超過したカルマを溜め込んだ魂が収容され、更生目的の禊が行われているのが実態だ」
「! じゃあ、押垂さんはそこで……!?」
「おそらくな。そして夕鈴とやらが魔境にいたのは、既に禊が完了して地獄から脱している証左に他ならぬ。……ちなみにうぬらを悩ます要因がそこにあるならば先に芽を摘んでおくが、禊とは別段、七難八苦で虐げられるといった凄惨なものではない。篤と安心するがいい」
「えっそうなんですか!? あたしてっきり、八大地獄めぐり的なものを想像してました……よかったぁ~」
「わたくしも夕鈴ちゃんが酷い目に遭わされたわけではないとわかって、心底ホッといたしましたわ。ノーストさん、教えてくださって本当にありがとうございます」
「俺からも感謝するぜ。サンキュー、ノーストさん」
「ふっ……吾はこれしきで恩を返せるなどと思い上がるつもりはないぞ」
(――ふむ、これがノースト殿。佳果たちから聞いてはいたが、なんと高尚な御仁であろうか。わしも負けておられぬな!)
人知れずガウラが感心するなか、再びチャロが口を開いた。
「ところであなた、なぜそこまで地獄の事情にあかるいのですか?」
「! 確かに言われみりゃ……魔境があんたの故郷なのは知ってるけどよ」
「何、単純な話だ。吾は魔境入りを果たした際、前回を除くすべての記憶を取り戻した。彼の地における、魔人としての役割も含めてな」
「魔人としての役割……ですか?」
楓也のオウム返しに、ノーストは自らの責務を明かす。
「そうだ。吾は魔境と地獄間で起こる諍いを平定する、守護魔と呼ばれる役職に就いている。よってある程度は各地の状況に精通し、また顔も利くといってよかろう」
禊の内容は本編中でやれるかわからないので
軽く補足しておきますと、生前の悪いおこないや
その因果が世界にもたらした影響について
じっくり映像再現で学習させられる感じです。
何が悪いのかをまだ判別できない魂は、
地獄に存在している有志のちからを借りて
一時的に感情が発達した状態を疑似体験し、
判別できるようにしてもらえます。
ただそれは大きな悔恨を伴う内省ですから、
その意味において禊は過酷な試練といえます。
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