第157話 剣舞
(す、須藤君……だよね………?)
シムルの瞬間移動でラムスへと出戻った四人。彼らの帰りを待っていた楓也は、突如として現れた逞しいガタイの老人に唖然とする。しかしその後ろからひょこっと顔を出したヴェリスは、臆することなくゆっくりと彼に近づき、じっと顔を見つめた。
「おじいちゃん、誰?」
「おお、わしはガウラと申す者。そのいでたち……お嬢ちゃんがヴェリスじゃな? 佳果たちから話は聞いとるよ、これからよろしく頼むぞい」
「! ……うんっ! よろしくね、ガウラ」
なぜか秒速で受け入れ、笑顔で握手をかわすヴェリス。楓也はハッと我に返ると、佳果を隅のほうへ引っぱって問い質した。
(阿岸君、どうなってるのこれ!?)
(んー? まあ最初は俺もビビったんだけどよ。よく考えてみりゃお前は性別超えてるし、アーリアさんも"在りたい自分"を貫いてる。零子さんだって占い師としての体裁は大事にしてるわけで……別にめぐるがこうでも、特に変じゃあないだろ?)
(それはそうかもしれないけど……)
「おっと、混乱させてしまったようだな。すまぬ楓也」
そう言って頭をかくと、須藤めぐることガウラは腰に手を当てて空を仰いだ。
「――このアバターはのう、わしの理想そのものなんじゃよ」
「理想……?」
「ああ。京都でお主らと話した折、わしは"まっこうから逃げる"ために、己を認める努力を始めようと誓いを立てた。じゃがつよき心をもつ佳果とは異なり……わしに、現実世界における理想の自分というものを上手く描けるだけの器量は備わっていなかった」
(須藤君……)
「カナヘビで働く日々のなかで、誇るべき自分に見えたことはある。ともに東使組の依頼を達成した時も然り、もしかするとわしは生きていても良いのかもしれない、生きたいと願っても良いのかもしれない……本気でそう思える瞬間が何度かあった。ただ……」
彼は徐にのっしのっしと誰もいない空間へ向かうと、佩刀していた飾りの刀を構え、にわかに鮮やかな剣舞を披露してみせた。レベル1とは思えない堂に入った流麗な動きに、一同は度肝を抜かれる。
「わしが子どもの頃から憧れ続け、いつ何時も追ってきた背中はあくまで……誰よりも気高くどこまでも懐の深い、大好きなゲームのキャラクターだったんじゃよ。そう、丁度このような具合のな」
自らに親指を向け、クシャっと笑うガウラ。それを見て楓也はふと思い出した。初めて実家へ訪れたとき、めぐるが『好きなゲームのキャラをまねて生きてきた』と言っていたことを。
彼の演技がどのくらい寄せているのかはわからない。だが板についたその立ち振る舞いには違和感がないどころか、"ガウラとはこうである"という迷いなき信念が織りなす、真に迫った説得力が滲み出ていた。よほど日頃からイメージトレーニングを重ねていたのだろう。
「……須藤めぐるは、この理想を通して"痛み"と向き合うことに決めた。不束者ゆえ、皆の足枷となることもあるかもしれぬが……なるべく貢献できるよう、全身全霊をもって精進いたす所存じゃ。どうか今後ともよろしく頼む」
改めて深々と頭を下げるガウラに、いつの間にか合流していたアーリアと零子、そして先の剣舞を見ていた村人も含め、拍手喝采が送られる。物陰から一部始終を覗いていたノーストは、予想に違わぬ彼の光を垣間見て、満足気に口元を緩めた。
◇
「さて。では全員そろったところで、今後の方針にも関わる大事なお話をいたしましょう」
チャロが取り仕切り、いよいよ会議がはじまった。最初の議題はもちろん夕鈴についてである。佳果は真剣な表情で彼女へ尋ねた。
「さ、話してもらうぜ。あいつがなんで魔境にいたのかをよ」
「ええ……ですが、どうか落ち着いて聞いてくださいね? まず彼女は、旧時間軸にてわたしを生み出したことによるカルマに殺されてしまった。これはすでに説明したとおりです」
「……ああ」
「問題は、莫大なカルマによって死んだ者の魂が向かう場所。人間の魂は死後、本来であれば一定期間が経過したのち霊界という次元に還るのが普通です。しかし夕鈴の場合……この普通が成立しなかった」
「え……」
意味を直感した零子が青い顔をしている。その様子から嫌な想像を膨らませた佳果は、言葉を選び逡巡しているチャロにおそるおそる確認した。
「……遠慮しなくていい。隠さず、本当のことを教えてくれ」
「わかりました。夕鈴は…………彼女は…………」
辛かったときの記憶がフラッシュバックし、目を伏せるチャロ。彼女がやっとの思いで吐露したのは、果たして残酷な真実であった。
「地獄に落ちてしまったのです」
やっとめぐるが合流しました。長かった。
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