第156話 個にあらず
「なんか懐かしいぜ」
絶えず水しぶきの舞う噴水、芳しきかおり漂う魅惑のレストラン街。その変わらぬ町並みに、佳果は思わず目を細めた。
ここはヴァルムの広場――チュートリアルを終えた初心者が最初に飛ばされてくる地点の一つであり、佳果にとってはアーリアと初めて会った思い出の場所だ。現在はめぐると待ち合わせてシムルやチャロと待機しているところなのだが、どうやら彼は別の地点に飛んだようで、集合までもう少し時間が掛かる見込みとなっている。
「……おれもここは特別に感じるかな。腐ってた自分を変えるための、大事な一歩を踏み出した町だから」
ノスタルジーな雰囲気に便乗し、しみじみとこぼすシムル。佳果は大人びた彼の横顔がなぜか無性に誇らしくなって、ポンと頭に乗せた手をワシャワシャ動かした。
「ひよっこだったお前も、今じゃワープまで使えるんだもんな。俺が苦労して会得した奥義も短期間で修めちまうしよ……いったいどこまで成長する気だ?」
「へへっ、どこまでもさ! うかうかしてると兄ちゃんたち置いてっちゃうぜ?」
「お、言うようになったじゃねぇか! このぉ~」
戯れるように優しくヘッドロックをかける彼に、シムルは「ギブ~」と無邪気に笑って叫んだ。
「あっははは! でもさ、これでも明虎さんにはまだ遠く及ばないんだ。今のとこ、瞬間移動はテントーマの発動中以外うまくいった例がないし」
「あら、そうなのですか? 彼、ちゃんと周波数の説明をしなかったのですね」
隣で聞いていたチャロが割り入る。シムルは不思議そうに答えた。
「えっ? ……いや、一応してたと思うよ。自我と対象物の周波数を揃えて、座標を捕捉するってやつだよね?」
「はい。ですが周波数には、対象物固有のものと、万物共通のものがあります。後者を利用すれば、スキル無しでも瞬間移動できるようになるかと存じますが――」
「なにそれ初耳! 詳しく教えてよ姉ちゃん!!」
きらりと目を光らせて話に食いつくシムル。佳果も俄然、興味を引かれた。
「俺も知りたいわそれ。しかしチャロ、その辺は喋っても平気な範囲なのか?」
「ええ、まあ……(そういえば当時のシムルさんたちはSSⅥでしたか。さしずめ時期的な意味でも敢えて伏せたのでしょうけれど……やれやれ、人間なのにどこまでも合理的なんですから明虎は)」
微妙な反応を示す彼女だったが、意外にもすんなり概要を語ってくれた。
いわく、人や物にはそれぞれ固有の波長がある。その振動は時空を超えて常にとある地点へと伝播しており、そこで"反射"が起こった後については、一定の周波数に均されるのだとか。
「とある地点とは即ち、太陽の星魂を指します。彼の恒星と、この地球を含む各種惑星の星魂はたいへん密接な関係にあるため、謂わばこのような"送受信"が成り立つのですが……均された周波数は一度統合のプロセスを経ているので、こちらの方を捕捉すれば自在に任意の座標を割り出すことができるように……おや?」
二人がぷすぷすと頭から煙を出している。
チャロはふうと小さくため息をつくと、右手の人差し指を立てて要約した。
「つまり! 捉えるべきは個にあらず、全ということです!」
「いや、そんな哲学みてぇなまとめ方されてもよ……」
「……姉ちゃん、今はまだよく理解できなかったけどさ。おれにもそれ、できるようになるかな!?」
「ふふ、むしろシムルさんにしかできないと思いますよ。なぜならこの技術は、自然に認められている魂だけが使えるものだから。無機物との親交を深め過ぎたわたし達には色んな意味で不向きですが……これまで対話を繰り返してきたあなたならば、きっと習得できるはずです」
(……自然……おれにしかできない……)
故郷が占領され、地獄のような日々を送っていたあの時も。そこから死にものぐるいで抜け出し、アラギに向かって足掻いていた道中も。思えば最初から自分を支え、そばに在り続けてくれたのは自然だった。最近は日課の祈りもめっきり減ってしまったが、これを機にあの習慣を戻してみようか――シムルがそう考えていると、不意に背後から人の気配がする。
「ん? やっときたかめぐる……、……ッ!?」
「へっ?」「まあ」
振り返った三人が一様におどろく。そこに立っていたのは、所々にピンパーマのかかった立体感のあるオールバックを後ろで結い上げている、渋い老齢の男前だった。彼は笑顔で額にシワを寄せ、二指の敬礼をする。
「すまぬのう、だいぶ待たせてしまったわい」
自然の話は、第36話で少し触れています。
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