第155話 準備
翌日の早朝。
どうやら須藤家専属の配達員が機転を利かせたらしく、めぐるの手元には早くも念願の荷物が届いていた。彼は満面の笑みで包みを開けると、まるで我が子を抱き上げるかのごとく、優しくデバイスを取り出して二人へ見せびらかす。
「やったよ……! この瞬間を待ちわびてたんだ……!」
「へへっ、良かったなぁ! なんか俺までテンション上がってきちまったぜ!」
「これでいよいよアスターソウルデビューだね! 朝ご飯を食べ終わったら、さっそくみんなでインしてみようか」
「うん! あ、でも……みんなは今日、押垂さんに関わる重要な話をする予定なんだよね? 自分はアバター作成とチュートリアルもあるから、こっちは気にせず集中してもらったほうがいいんじゃ――」
「おいおい流石に水くせぇぞ? 話し合うのは午後からだし、こういう時くらい気を遣うなって」
「そうだよ須藤君! ぼくたちはヴァルムにいるから、もろもろ終わったら"もぷ太"か"YOSHIKA"宛にメッセージを送ってね!」
「……ありがとう二人とも! よし、じゃあまずは腹ごしらえを済まさなきゃ」
はやる気持ちを抑えきれず、がつがつと料理を平らげるめぐる。いつになく健啖な彼に、キッチンにいる家政夫はニッコリと微笑んだ。
◇
先んじてラムスの広場へ帰還した佳果と楓也。
彼らが現れると、すぐにヴェリスとシムルが駆け寄ってくる。
「おはよう!」
「兄ちゃんたち、早いな」
「おう、お前らもう起きてたのか。あれこれ悩み疲れてまだ寝てると思ってたが……わりかし元気そうでよかった」
「二人ともなんだか爽やかな顔してるね! ちゃんと眠れたんだ?」
「ん! 本当は"特異点"のことで不安な気持ちもあったんだけど……それはあの後、チャロが取り除いてくれたから」
「何気にノーストさんも話を聞いててくれてさ。……おれとヴェリスなら、もう色々と踏ん切りはついてるから心配いらないぜ」
二人は掻いつまんで、昨晩どんな話をしていたのか共有した。結果、案の定チャロも此度の時間軸移行について前向きに捉えている節があると判明する。佳果たちも概ね同意見であると説明していると、噂をすれば当人らが現れた。
「戻りましたね、阿岸佳果」
「定刻まではまだ暫くあるはずだが……何やら事情がありそうだな」
察しのよいノーストの言葉に佳果は頷き、今日はめぐるが満を持してこちらの世界へやってくる旨を伝えた。
「うぬらの窮地に助太刀したという人間か。なかなかに気骨がありそうだ」
「ああ。あいつが気張ってくれなかったら、俺たちは今頃ここに立ってねぇ。マジですげぇやつだよ、めぐるは」
「……ならば吾らも間接的に助けられたことになろう。後ほど礼を言わねばな」
「はは、ノーストさんは相変わらず律儀ですね」
楓也が嬉しそうに笑うと、彼は「あくまで筋を通すだけに過ぎぬ」と言い残して木陰のほうへ去ってゆく。それを聞いたシムルは「じゃあおれたちも昨日のお礼を言わないとな」とヴェリスを誘い、ノーストを追いかけていった。
「……で、チャロも覚えてんだろ? お前がセンコーぶった斬った時、横で倒れてたあいつだぜ」
村人の何人かがギョっとした目でこちらを見ている。
「ひ、人聞きの悪い言い方をしないでくださいますか!? あれは彼でなく依代を斬ったのですよ! 魔神を在るべき場所へ送還するために!」
「! やっぱりあの"邪魔"って言ってたの、魔神だったんですね……でも在るべき場所といいますと?」
「……無明荒野という次元です。度が過ぎるほど穢れてしまった高次の奥魔がやがて行き着く、闇の終着点とでもいいましょうか。まあ、あなた方とはおよそ縁のない話ですし、詳しくは語るつもりはありませんけれど」
「……そうか。じゃ、俺らもこれ以上は聞かねぇ」
「? やけに殊勝ではないですか」
「昨日あーだこーだ考えてたらよ。お前もお前で、いろいろ大変なのかもなって……そう思っただけだ」
「…………」
沈黙するチャロに、楓也が耳打ちする。
(昨日、ちょっと自由意志について話しておきました)
(なるほど……彼も単純ですねえ)
「おい、なにコソコソしてやがる」
チャロは「なんでもありません」と返し、続けてめぐるに言及した。
「それより今日お越しになるという彼ですが、今はアバターの作成中でしょうか?」
「そのはずだ。ってお前、俺のときみたく監視とかできるんじゃねーのかよ」
「昨日ご説明したとおり、わたしの魂は現在この身体へ定着しています。SSもⅩもどきになっていますから……残念ながら、旧時間軸のときほど自由に動き回るのは不可能になりました。特定のユーザー座標に飛ぶのはおろか、今は世界の光がある領域へ行くのも難しい状況です」
「それでずっとこっちにいんのか……とりあえず、めぐるはチュートリアルが終わったら連絡よこしてくれる流れになってるぜ。だがその前にヴァルムへ先回りしておきてえところだな」
「ふむ、ではこうしませんか? 彼からメッセージが入り次第、シムルさんに瞬間移動を使っていただいて、めぐるさんをこちらへお連れする。そうすればアーリアさんと零子さんが入ってきたとき、合流にも手間取らないでしょう?」
「あ~、確かにそっちのがいいかもしれん」
「ぼくも異論はないです」
「では決まりですね。……わたしも個人的に、彼と会うのを楽しみにしています。今日の会議においても重要人物になるはずですし」
「?」
チャロの意味深な発言に、佳果と楓也は肩をすくめた。
無明荒野、第113話で明虎が行ってましたね。
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