第153話 知らない天井
(で、こりゃ夢でも幻覚でもなかったと)
ログアウトした佳果はデバイスをそっと脇に置き、立ち上がった。広く開放感のある部屋、潮の香りとさざなみの音が入ってくる洒落た丸い窓。高級ホテルのような設備に、駆け寄ってくる毛並みの整ったベンガル猫――なんともリッチな状況ではあるのだが、すべてが見慣れぬ光景のため素直に堪能することはできない。非日常感とモフモフに包まれながら彼が呆けていると、ノックとともに楓也の声が聞こえた。
「阿岸君! 須藤君が、一緒に夜食でもどうかってさ」
「おお? いま行くぜ~」
呼ばれるままダイニングへ集合する。テーブルには湯気の立ちのぼる色とりどりの料理が、暖色のシャンデリアにライトアップされて並んでいた。めぐるは二人が来るのを確認すると、住み込みの家政夫と思われる男性にお礼を言って部屋に帰し、席につく。「じゃあいただこうか」という彼の一声で、ひとまず食事が始まった。
「! どれもうめぇな! 初めて食うもんばかりだが」
「本当だね! これ全部、今の人が作ってくれたの?」
「う、うん……(やっぱり何も覚えていないんだな……)」
めぐるが複雑な表情を浮かべている。
佳果と楓也は顔を見合わせると、バツが悪そうに謝った。
「……なんかすまん」
「ぼくもごめん。変なこと言っちゃったかな」
「あ、いや全然! でもどうして二人だけ記憶がなくなっちゃったんだろうね……向こうで何か収穫はあった?」
彼がこのような質問をした背景には、ラムスでの話し合いが始まる少し前、二人が一時的にログアウトした際に起きた事件が関係している。
めぐるは混乱した状態で建物内をうろついている佳果たちを発見し、いったい何をしているのかと問いかけた。すると自分の姿を見るなり心底ホッとしたような表情になった二人は、なんとこの場所にまったく見覚えがないと言い出すではないか。
真面目なトーンで奇妙な話をする彼らにめぐるは面食らった。だが、もしかするとアスターソウル内で記憶を混濁させるような出来事があったのかもしれない――そう思い至った彼は、差し当たりもう一度ログインしてみて、原因を調査すべきではないかと二人にアドバイスしたのである。
それから数時間が経過した現在。残念ながら戻ってきた彼らに変化は見られない。まさか本当に記憶を失ってしまったのだろうかと心配するめぐるに、佳果は答えた。
「それなんだけどよぉ。チャロのやつが言うには、"時間軸移行"って線が濃厚らしくてな」
「…………え?」
フリーズするめぐるを、楓也が慌ててフォローする。
「実はね、ぼくたち……」
◇
時刻は深夜1時。あれから四時間ほど掛け、三人は事情を語り尽くしたところだ。前半は佳果たちの冒険譚を、後半は直近三ヶ月の間に現実世界で実際にあったことなどを、めぐるが覚えている限り説明してくれた。
「改めて話をまとめるが……あのあと楓也は数日で実家に戻って、俺は引き続き居候を続けてる状態なんだな」
「そして今は須藤君んちの別荘に招待されて、久しぶりに三人で集まって遊んでいる。それも三泊四日の、二泊目ってわけだね」
「うん。で、明日はついに自分のアスターソウルデバイスがここに届く日なんだ。あれからなかなか出品者が現れなくてかなり時間が掛かっちゃったけど、やっと一緒にプレイできるねって、昨日もみんなで盛り上がってて……」
「あ……」
「……覚えてなくてマジですまねぇ、めぐる」
「ううん。時間軸の移行なんて持ち出されたら、為す術もないだろうし。それに今は、そんなすごいことがたくさん起こる世界に二人と行けるのが、余計に楽しみで仕方なくなってきたよ!」
少年のように目をキラキラさせるめぐる。
彼の純粋さに救われた二人は、また顔を見合わせて微笑んだ。
デバイスを外したら知らない場所で寝ていた件。
……実際そんな目にあったらすごいホラーですね。
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