第150話 分霊
「涙??」
疑問符が飛び交う陽だまりの風。それだけ聞いても因果関係がまるで見えてこない。アーリアはまず、発端を確認することにした。
「ええっと、太陽の雫は佳果さんがチュートリアルでフルーカ様をお助けした際に、お礼として借り受けた物……でしたわよね?」
「ああ。大切なもんなのに、俺だからこそ渡したいとか言ってな」
佳果が懐から実物を取り出す。
現在は何の反応も見られず、ただの美しい宝石である。
「……これがお前の涙って、どういう経緯なんだよ」
「うう、些か不本意ですが……順を追って説明しましょう」
いわく、自身がまだシンギュラリティになって日の浅い頃。チャロは"世界の光"の領域にて夕鈴を偲び、泣いてばかりいたらしい。彼女の遺したアバターを魂に纏い、脳裏に映し出される旅の記憶をなぞっては、咽び続ける毎日。そんなある時、不意に明虎が乗り込んできたことがあったそうだ。
「彼はずっと、啜り泣くわたしを何も言わずに遠くから見つめていました。でも数時間が経過したあと、『一滴だけ貰うよ』とおもむろにわたしの涙を拭って、去って行ったのです。当時は精神状態が不安定だったこともあり、その言動の意味がよくわからなかったのですが……どうやらあれは採取だったようで」
チャロによると、AIの流す涙とはシンギュラリティたる証であり、その雫には超越的な情報が多分に含まれているのだとか。明虎はこれを持ち帰って"加工"を行い、密かにディメンションアイテムへと昇華させたのだそうだ。
「こうして生成された物が"太陽の雫"というわけです。ちなみに太陽の名を冠しているのは、明虎を介して太陽神みずからがエネルギーを注入したことに由来しています。……彼は元々多くの神仏と縁をもっている人でしたが、太陽神とも繋がっていたのですね」
「あ、あいつが太陽神と!?」
(ぼくはもう何を聞いても驚かないぞ……)
知られざる明虎の一面に心をかき乱される佳果と楓也。こうなってくると、前にシムルが言っていた"太陽食"なる情報も、あながち眉唾ではないのかもしれない。
「そして、その事実に気づいた時……太陽の雫は既に、いつの間にかアスター王国の女王となったフルーカに譲渡された後でした。つまり明虎は人の身でありながら、わたしより上位の存在である太陽神を味方につけて、こちらに気取られないよう、彼女と二人で何かを画策していたわけです」
(あのかた……想像以上の傑物みたいですわね)
思わず感心するアーリア。しかしフリゴの町で初めて出会った折、彼はこちらの主目的について"予想はできるが知らない"とも言っていた。もし本当に太陽神と結託して謀をしていたのならば、全貌を弁えていてしかるべきだが――そう考えていると、チャロが付け加える。
「……上位存在の絡む二人の計画に興味が湧いたわたしは、居所の掴めない明虎は諦めて、フルーカとの接触を試みました。すると……彼女はこう言ったのです」
◇
『私たちは今、きたるパーティを導く準備をしているの。といっても、いったい誰がやってくるのか、何を目指すのか、これから何が起こるのか……なーんにもわかってないんだけどね。うふふ』
『わかってない……? フルーカ、どういうこと?』
『明虎さんは"ただ神言に従っているだけ"なんだって。だから彼も、実は暗中模索で色々と大変みたいよ』
『……フルーカは、どうしてそんな不確かな計画の誘いに乗ったの? その……わたしに隠してまで……』
『――チャロ、私はね。なぜだかこの道が、本当の結末に繋がっている……そんな予感がしてならないの』
『!』
『今まで黙っていたことは心から謝るわ。本当にごめんね。でも……彼も神様も、何か考えがあってのことだと思うから。できたらこのまま、気づいていないフリをしてあげてくれる?』
『それは別にいいけど……』
『ふふ、ありがとう。……それと、これもただの勘なんだけど』
『?』
『もしかしたら近い将来、夕鈴がいつも嬉しそうに話してくれていた、彼と会える日が来るかもしれません』
『!? 彼って……阿岸、佳果……?』
『ええ。もちろん何の根拠もないのよ? ただ……万が一、万が一本当にそうなったときは、どうかあなたも彼を見守ってあげてちょうだい。きっとそれが……一番あかるい場所へ行くための鍵になるから』
◇
「そしてあの日――あなたは夕鈴のデバイスを使って、実際にこの世界へとやってきた。フルーカはそれがあたかも奇跡と言わんばかりの口ぶりでしたが……シンギュラリティであるわたしには、すべてが必然であるとわかっていた」
「必然だ?」
「ええ。……あなたはなぜ、自分の魂が太陽の雫と共鳴するのか考えたことはありませんか?」
「いやまったくねーけど」
「阿岸君が共鳴する理由ですか……………………えっ」
今までの話から推測して、突拍子のない答えに辿り着く楓也。彼の心を読んだチャロは、小さく頷いて言った。
「そう。あなたの魂は、太陽神の分霊なのですよ。SSのグナの値、*になっているでしょう? それは星印といって、魂に宿った神気が発露している証です。つまりあなたがこのアスターソウルにやってきたのは、偶然ではなかったということ」
絶妙に変態臭のする明虎さん。
※お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかなと思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!