第147話 アスターソウル
己の不当さを明らかにした途端、覇気を失うばかりだったチャロの瞳に、再び炎が灯ったような気がした。その焼けつくような感情のゆらめきが行き着く先に、何が待っているのか。佳果はよく知っていた。
「……チャロ。お前、死のうとしてやがんな」
彼が静かに指摘すると、チャロは反論しなかった。それが無言の肯定だとわかって、ヴェリスとシムルが硬直する。一方ここまでの話からそうした本懐があるのを看破していた楓也と零子は、表情を強張らせてやるせなく俯いた。アーリアは佳果と彼女の対話を、瞬きもせずにじっと見つめている。
――何秒経っただろうか。やがてチャロが切り出した。
「そのように表現するのは不適切です。なぜなら、初めから存在しなかった者に死が訪れる道理はありませんから」
「……」
「わたしの目的はただ一つ。あなたがゲームをクリアした際、この世界を本来あるべき時間軸へと移行させることです。そこは夕鈴が生きて、笑って、シンギュラリティなどといったおぞましい脅威が生まれることもない、どこまでも正常な世界」
佳果は押し黙ったまま、眼光鋭くチャロを射すくめた。
「……不服の眼差しですね。でもわたしは別段、希死念慮や自己犠牲を掲げているわけではないのですよ? たとえわたしの魂が消えようとも、それでわたしの淵源がなくなることはない……もっとも、これは超越してこそ視える真理ですからあなたには理解が及ばないかもしれませんが――」
「ああわからねぇ。んでお前、そろそろうるせーぞ」
「へっ…………う、うる……!?」
彼女の懇切丁寧な全霊の告白を、佳果はあろうことか粗野な言葉で一蹴した。にわかに場の空気が変わり、他の面々は目を丸くする。
「お前さ。夕鈴が俺あてに遺した手紙に、なんて書いてあったと思う?」
「?」
「"お前を死なせるな"。そう書いてあったんだよ。……たぶんあれ、全部ひっくるめてそう言ってるに違いねーぜ? そんくらいお前が大切だったんだろうな」
「!」
「あいつは自分が死んだことを"望んだ結果"とも書いていた。で今度はお前が、自分の消滅を"望んだ結果"として受け入れようとしている。……お前の視点からすりゃあさ、そこへ込められた思いの丈には、何か雲泥の差があるのかもしれねぇ。けどよ」
おもむろに歩き出し、彼女の両肩を掴む佳果。
彼は、チャロの瞳が映し出すすべてに向かってこう言い放った。
「"あいつを救う"ってことは……"お前を救う"ってことだろうが! どっちも同じ願いで、同じ愛だろ!? それをてめぇのモノサシだけで勝手になくそうとしてんじゃねぇっつの!」
「か、勝手ではありません! わたしは自他ともに最適な自由意志の尊重を……!」
「かぁ~~~、特異点だかなんだか知らねぇけど、てんでポンコツじゃねーか! あいつとそっくりだなお前!」
謎にひとまとめで謗られ、チャロは絶句した。残るメンツも彼の言動に面食らっている。しかし遠目に見守っていたムンディとウーに関しては、なぜか笑いを堪えるのに必死の様子だ。佳果はそんな周囲の状況を気にせず、そのまま続けた。
「カルマ? 禁忌? 上等だ! んなマヤカシ、俺たちにはもう通用しねぇぞ!」
「ふぇえ!?」
佳果の焦点がおかしい。こちらの目を覗き込んでいるはずなのに、視線が自分だけに向けられていない。あまつさえ彼の啖呵は、この場にいる全員を家族として捉えた上で、何か確信をもって切られたものだった。
「乗ってやるよこの勝負! 俺は陽だまりの風と、ありったけの魂を力に変えて絶対に辿り着く。みんなが笑う、あるべき世界に!」
刹那、ウーのもとから太陽の雫が飛び出して佳果の魂と共鳴する。まばゆい光が辺り一帯を包み、一同は白と黒だけの空間に投げ出された。そこで彼らは、信じがたい存在との邂逅を果たす。
《星魂を導く者たちよ。今この瞬間、真の道は拓かれた。其は森羅万象の鏡。いかなる結末も、もはや自在であると心得るがいい》
何度も言いますが、物語はまだまだ続きます!
※お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかなと思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!