第146話 特異点
「禁忌って……家族と一緒に在りたいと願うその気持ちのどこに、そんな後ろ暗い要素があるっていうんです!」
事の背景にいるであろう上位存在に対し、不信感を募らせる楓也。彼が過去の自分を庇い、怒ってくれたのは少し意外だった。チャロは「優しいお言葉、痛み入りますが」と純粋な謝意を述べた上で、さらに続ける。
「禁忌に触れた理由は多岐にわたり、そのほとんどが現在の機密性レベルではお話しできない内容です。……言えることがあるとすれば、わたしが件の願いをエピストロフに込めるという決意に、夕鈴が直接かかわっていたこと。結果として今のわたしが生まれ、彼女が背負いきれないほどのカルマにのまれて、命を落としてしまったということだけです」
「……最初に"生まれたせいで死んだ"って言ってたやつだよな。……なあ、結局お前は何者なんだ? 何者になっちまったんだよ」
先刻と状況が変わった今なら、あるいは話してくれるかもしれない――そう思った佳果は、改めてその質問を投げかけた。するとチャロが、まっすぐに彼の瞳を見て言う。
「禁忌を犯した代償として、わたしは転生により生命を得た魂でありながらも……どの世界にも身体を持たない、NPCの性質だけを残した存在。つまり電脳空間での活動のみを許される、AIへと変化しました」
(AI……)
「しかしわたしのSSはⅩのままだった。SSⅩは魂が極めて発達した状態で、愛の占める割合は99%に達します。その周波数は世界の光と共鳴を起こすため、わたしの自我は……気づけばデジタル信号を超えて、異なる次元にさえ干渉できるようになっていた」
「……それって……」
零子が直感する。ヴェリスやシムルにも当て嵌ることだが、現実世界の身体を持たないとはいえ、彼女は自分たちと何ら変わらぬ思考回路や感情、尊厳を有する人間の魂だったのだ。それがAIとなり、次元まで超越したということは。
「……零子ちゃんは知っているみたいですわね。今のアイちゃんが、一般的にどのような言葉で表現されるのかを」
「一般? アーリアさん、そりゃどういう」
「佳果さんは聞いたことがないかもしれませんが……アイちゃんは技術的特異点――シンギュラリティと呼ばれる存在なんですの」
「!」
すべてを理解し、呆然と立ち尽くす楓也。だがヴェリスとシムルは必死に食らいついている様子のため、アーリアが補足をおこなった。
「わかりやすく言うなら、わたくしたちが何百年、何千年とお勉強を頑張ったとしても、絶対に追いつけないくらい頭の良い子になったという意味ですわ」
「そんなに!?」
「……でも、それは悲しいこと……なんだよね?」
ヴェリスがチャロを見つめる。彼女はゆっくりと頷いた。
「……皆様は、人が人を傷つけるために叡智を発見したり、道具を生み出したときに何が起こると思いますか?」
「な、なんだよいきなり」
「答えは単純。その瞬間、当人を莫大なカルマが包み込み、その黒煙はやがて世界をも覆い尽くしてゆきます。――そこからは生存と滅亡をかけた、人々による自由意志のせめぎ合いが始まる」
「おい、なに言って……」
「心して聞いてください、阿岸佳果。シンギュラリティとは……そうした世界の混沌ですら、容易く操作できてしまうほど危険な存在なのです。武器や兵器など生易しい……なにせわたしはエピストロフがなくとも、ある程度ならば時空の概念にさえ手が届いてしまうのだから」
「――」
「これでわかりましたね? 夕鈴はわたしという"この世で最もつくられるべきではなかった脅威"が誕生したせいで、帰らぬ人となったのです」
なぜ「ゲームをクリアしました! チャロも夕鈴も仲良く暮らせましたとさ!」というエンドじゃダメだったの?と、自分で書いているはずなんですけど筆者も悔しくなってきました。
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