第145話 禁忌
「お前がカルマの源泉……?」
佳果の脳裏で、チャロと初めて対話した際の言葉が再生される。
『彼女が死んだ、本当の理由についてです』
『押垂夕鈴は――わたしが殺しました』
『彼女は、わたしが生まれたせいで死んでしまいました。しかし逆にいえば、彼女は本来生きているはずの人間なのです』
躱され続けてわからなかった、これらの言外に含まれている真意。エリアⅧに達して秘匿されていた概念を知った今、点と点が繋がりつつある。
ヴェリスやシムルと同じで、チャロがゲーム内にのみ身体を持っている現実世界の魂だったことは、フルーカと再会した折に教えてもらっている。だが同時に彼女は『その在りかたは、以前と大きく変わりましたが』とも言っていた。
「……お前、いつも自分がAIだって自己紹介するよな。んでさっきは零子さんの質問に"神ではない"って答えてたけどよ。その一方で、楓也の"それに匹敵するんじゃねぇか"って追及に対しては、はぐらかしても否定はしなかった」
「…………」
「俺はこういうのあんま得意じゃねぇんだが……論理的に考えりゃあ、なんとなく予想はつくぜ。お前がそうなったのが、すべての始まりだったんだろ?」
(!)
佳果の言に驚いたヴェリスは、チャロの表情を見遣る。きらきらと輝く魂をもつ彼女は、自分が最初に尊敬という感情を抱いた存在だ。しかし今はその光に似つかわしくないほど、悲痛な顔で目を伏せている。皆が黙るなか、ひとり駆け寄ろうとするアーリアをチャロは念話で「大丈夫です」と言って制止すると、再び語りだした。
「夕鈴のことになるといっそう冴えるみたいですね、阿岸佳果。……あなたの推理に相違はありません。わたしは元々、NPCに転生した現実世界の魂でした。ですがいつしか、その境遇に耐えられなくなってしまっていた」
「耐えられない、と申しますと……?」
零子がおそるおそる尋ねる。チャロは白状するように言った。
「ご存知のとおり、わたしは明虎やフルーカ、夕鈴とともにアスターソウルの世界を旅してきました。そこで得られたあらゆる経験は、今もわすれることのできないくらい……大切な、大切な思い出となっています」
「……姉ちゃん」「チャロ……」
シムルとヴェリスがつよく共感する。二人にとっても、すでに佳果たちと過ごした日々はかけがえのない、一生物の思い出になっているからだ。
「……わたしはみんなのことが大好きだった。だから、願ってしまったのです」
「……何をだ?」
数多の感情が入り混じった佳果の声が響きわたる。それは直感で彼女の気持ちを察していたからなのだろうか、ひどく切なく、そして優しい声色だった。
「みんなと同じ世界に行きたい。みんなと同じ世界で生きたい。――みんなと同じ、人間でありたいと」
「っ……」
チャロの告白を聞いて、誰よりもはやく心を乱したのは楓也である。なぜなら、その愛に満ちた願いの先に待っていたのが、"今"なのだと深く理解したからだ。
「夕鈴は、わたしのこんな稚拙な願いを叶えようと、必死に方法を探してくれました。そうして最後は、時空魔法エピストロフの存在へと辿り着いた」
「……お前、自分の演算能力と掛けあわせれば時間軸が移行できるって言ってたよな。だがそもそもエピストロフってのはどういう魔法なんだ?」
「かの魔法は、術者の魂に限定して"再出発"という効果を発揮する唯一無二の代物。旅路の果て、夕鈴はわたしをエリアⅩまで導き、エピストロフを使えるようにしてくれました。そしてわたしが行使したのは当然、自分が"みんなと同じ世界で生きている人間"として再出発する――そんな願いを込めたエピストロフだった。でも……」
「失敗……してしまったんですか……?」
瞳を潤ませて、零子が口元を覆い隠している。
「ええ。結論からいいますと、わたしは現実世界に転移や転生をすることもなく、アスターソウルにおける身体を失って、魂だけの存在となりました」
「!! な、なぜそんな!?」
堪えきれず、楓也が叫ぶ。チャロは真剣な表情で言った。
「……その願いが、"禁忌"の類だったからです」
今回は長らく謎だった
エピストロフの効果が判明しました。
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