第144話 徳の陰陽
「これでいいのかよ?」
「ええ、結構です。……さて、どこからお話ししたものか」
虚空を見つめて思案顔をするチャロに、ムンディが助け舟を出す。
《今ので全員SSがⅧになったんだろ? なら、まずはあの概念からじゃないか》
「それもそうですね」
「概念……? なんの話でしょう」
すぐに夕鈴の話を聞けると思ったが、どうやら間接的な部分から入るようだ。逸る気持ちを抑え、落ち着いた声で尋ねる楓也に彼女は答えた。
「皆様も現実世界で聞いた経験があるかもしれませんが、この世には"カルマ"という概念が存在しています」
「カルマ? うーん、確かに聞き覚えはあるが。意味はよくわからねーな」
「おれも」「わたしも」
佳果とシムル、ヴェリスは特にピンときていない様子だ。しかし楓也と零子は前知識があったのか、少し顔色を変えて互いに見合わせた。
「……それって、前世とかが関係しているっていう?」
「ええ。あたしもその方面を勉強している最中に習ったのですが、確か"霊的負債"と訳される概念だったはずです」
「さすがですねお二人とも。おっしゃる通り、カルマとはその人が生んだ悪徳――すなわち我欲によって心を支配され、他者の自由意志を侵害した際に蓄積される、目には見えない負債を意味しています」
「……あれか。ひでぇことすると自分にかえってくるっつう……」
「わかりやすく言えばそうなりますね。そしてその対極には、"グナ"という概念が存在します。こちらは逆に、他者の自由意志を尊重しつつ、愛をあたえることで蓄積されてゆく、目には見えない功徳を指しています」
「功徳……」
今一度、ステータス画面を開く楓也。自らのソウル・スプレンダーの表示は現在、《SS-Ⅷ(B)》となっている。この括弧内にあるアルファベットが徳であるという説は、以前に明虎から聞き及んだとおりだ。彼は画面を指差しながらチャロに確認した。
「もしかして、この表記とイコールだったり?」
「ご明察です。つまりアスターソウルにおいて、グナは可視化されています。しかしカルマに関しては故あって公開されておらず、その理由も今はお話できません。ひとまず、ここまでは良いでしょうか?」
「おう、いちおう理解はできてるぜ」
佳果がうなずくと、他の面々もそれに倣う。
「それは重畳です。では次に、カルマやグナが溜まるとどうなるかについて説明しましょう。……先ほど阿岸佳果も言っていましたが、これらは最終的に自分へとかえってくるものです。いわゆる因果応報と呼ばれる現象ですね」
(それも聞いたことあんな)
「因果応報は様々なかたちをとりますが、基本、その魂が溜めたカルマやグナと同等の体験が齎されると捉えて差し支えありません。ただし、とりわけカルマのほうは今生でなく転生後の来世で報いを受ける場合が多いのですが……この理由もまだ説明できませんので、割愛させていただきます」
「ふむ……。とりあえず、そういう概念があるのはよくわかりました。でもそのことと押垂さんがどう結びつくのか、まだ見えてこないんですけど」
「……いいえ、もぷ太さん。あなたの心はもう気づいていると言っていますよ」
「!」
(アイちゃん。いよいよ打ち明けるんですのね?)
心配そうに見つめるアーリアを一瞥し、チャロは儚く笑った。
「そう、夕鈴はカルマに殺された。そしてそのカルマの源泉は――わたしなのです」
核心に迫ってきました(物語はまだまだ続く予定です)。
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