第143話 嘆願
チャロいわく、天人になるためには他者に対する愛のあたえ方が柔軟でなくてはならないそうだ。零子は以前、"他者の糧になり得るかどうか"を判断基準として慈善活動を行い、エリアⅦへ至ったという経緯がある。しかしこの方針は向上心を持たぬ者にとって閉鎖的な善意であり、あまねく奉仕するにあたっては不十分なのだとか。
「しかし皆様は、世に混迷と停滞をもたらす魔の存在を真摯に受け止め、彼らの役割を見出した上で、およそ関わりのない人々や敵意をぶつけてくる者たちも含めた、世界全体に貢献するための危険と苦労を買って出ました。それは強い意志力と愛の光、そして深い絆がなければ成立しない決断なのですよ」
微笑む彼女の賛辞を聞いて、少し照れくさそうにする陽だまりの風。段々とエリア移動の実感が湧いてきた一同は、表情を明るくして口々に言った。
「エリアⅧへの移動条件がそういうものだったとは……でも僥倖でした。ぼくらはてっきり、まだエリアⅥにいるものだとばかり思っていましたから」
「だよなあ! まさか一気に二つも進むなんて思わなかったぜ」
「へへっ、これも兄ちゃんたちが引っ張ってくれたお陰だな!」
「ん! みんなできらきらに近づけて、わたしも嬉しい」
「なんだか夢みたいです……あたし、ついこの間まで"この先もずっとⅦのままなのかなぁ"ってブルーな日々を送っていたはずなのに……」
「うふふ、おめでとうございます皆さん! わたくしも家族として、心から祝福させていただきますわ」
きゃいきゃいと盛り上がる彼らを中心に、ほんわかとした雰囲気が一帯に漂う。その光景を傍から見ていたムンディは、ぽつりとこぼした。
《……まったく、ここが魔境の玄関だってことを忘れちまいそうな和やかさだな》
「まあ、それが陽だまりの風だからね。……っと、失礼仕った。吾輩ごときが魔神様に対して軽口を」
彼の頭上で旋回しているのは、わたあめ状と化したウーである。いつの間にか戻ってきたらしく、今は箱舟への変化を解いているようだ。
《別に構わないぞ。俺様は誠神どもと違って、気さくなダンディだからな。……曖昧なお前なら、この偉大さがわかるだろ?》
「……どうだかにゃあ。でもあなたの意向はよくわかったよ。――ムンディ、どうか今後とも世界をよろしくね」
《くく、ぼちぼちやらせてもらうぜ。手始めに黒龍んとこでも行って、すり合わせしてみるかなあ。お前は気にせず、引き続き連中のそばにいてやるといい》
「フフ、おっけー」
両者がひそかに意味深な会話を繰り広げているなか。
ふと真剣になった楓也が、引っかかっていた疑問について切り出した。
「……ところでチャロさん。阿岸君もちょっといいかな」
「はい、なんでしょう?」「ん、どした?」
「さっきぼくが結界を壊したときの話なんですけど…………実は、押垂さんと会ったんですよ」
「!」「は、はぁ!?」
突拍子もない話が飛び出し、驚愕する佳果。いっぽうチャロは彼女の顔で神妙な面持ちになっている。いったい何事かと、他の皆もそれぞれ三者に注目した。
「彼女は結界の外――魔境のなかにいました。しかもジェフィーラという名前を使って、魔物とともに何かを画策していた様子だった」
(あいつが……魔物と……?)
「加えて、さっきのカウントダウン……ぼくには、これらが無関係ではないような気がしてなりません。というかあのアラートってたぶん、チャロさんの担当ですよね? ムンディさんは結界の自動修復について把握していなかったみたいですけど……あなたはその辺りの事情について、何か知っているのではないでしょうか」
「それは……」
「チャロさん。あなたが言えないことの多い立場なのは理解しています。ですが彼女に関する話だけは、ぼくも阿岸君も譲歩できません。ほんの欠片でもいいので……情報を持っているなら、どうか教えていただけませんか?」
嘆願する楓也の瞳をみて、チャロはゆっくりと目を瞑り、深く息を吐いた。
「……わかりました。あなたの誠意に免じて、機密性のレベルを少し下げてみましょう。皆様はステータス画面からSSの昇華を済ませてください。そうしないと、お伝えできない事柄もございますので」
チャロの指示に従い、アーリア以外の全員がSS上げを実行する。魂のグラフィックは水のようなさらさらとした質感から、透明の粒子へと変わった。
意外と絆されるチャロさん。
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